湯河原美術館・現代作家展に作品が並ぶ 坂本 武典さん 熱海市在住 37歳
美しいものはささやかなもの
○…湯河原美術館で開かれている現代作家展で話題の日本画家。作品モチーフは富士山やボクサーの姿、野に伏す猫など身近なものが多い。くっきりと主役を際立たせる作品から、背景に溶かした表現など様々だ。陽のさす芦ノ湖の絵は現地に通い詰めなければ遭遇できないような色が重なる。「実は現場ではほとんど筆をとらないんです。過去に見た記憶の中から本当に描きたいものが浮かぶから」。仕事場をのぞくと、漂うお香の向こうに林立する絵筆。アトリエ全体を見守るように神棚がある。
○…「小さい頃は大浴場入り放題でした」。祖父と親族が熱海で大型ホテルを営んでいたため、館内にあった東郷青児などの作品に触れあった。当時は団体旅行の絶世期。ボウリング場や映画館が市内だけで数カ所もあり、厨房では料理人が千人分の天ぷらを揚げていたという。親心がそうさせたのか3歳からの油彩画をはじめ、ピアノ、書道、空手、花、英文タイプなど、カルチャーセンター顔負けのお稽古をこなしたという。
○…日本画の世界に飛び込んだのは15歳の時。たまたま新聞で紹介された市内の画家・藤島博文氏の記事を読み、制服姿で自宅を訪れた。「先生の描いた鶴があまりにも美しかった。岩絵の具が輝いて全身がびりびりして、その場で指導をあおぎました」。8年ほど同氏に学び、21歳で日展に入選。その後文化勲章受章者でもある故・高山辰雄氏に10年間師事した。
○…現在は創作活動を続けながら絵を教える日々。祖父の口癖だった「男だったら好きなもので食え」が、自分の歩みに重なった。趣味は食べること。焼き鳥一本の味や盛り付けにも美を見出し、ネタ帳に描き留める。ささやかな記憶が幾重にもなり創作の芽が出るのだろう。取材中も「お店を紹介して」という電話が飛び込む。お腹に手をあて「絵描きじゃなかったら、きっと料理人ですね」と上品に笑った。
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