能登半島地震の緊急消防援助隊神奈川県大隊の第二次派遣で大隊長を務めた 家田 昌利さん 相模原市南区在住 59歳
救命への思い後進に繋ぐ
○…緊急消防援助隊神奈川県大隊の第二次派遣で、大隊長として能登半島地震の被災地に出動。78隊280人の指揮を執った。「人を助けるために行く中で、助けられる側になってはならない」。土砂災害や余震が続く被災地で、一刻も早く救助したいと気持ちが前のめりになってしまう隊員もいる中、「任務を遂行し、預かっている人員を無事に帰還させることが自分の役割」と強い使命感で任に当たった。
○…横浜市で生まれ、藤沢市で育った。消防士を目指すきっかけは高校2年で経験した母親との死別。家計のためにも早く独立しようと卒業後、消防局に入局した。他の公務員職でも内定を貰っていたが、憧れの存在であった叔父と同じ背中を追いかけ約40年。これまで救助隊、救急救命士として阪神・淡路大震災、東日本大震災でも派遣され、状況の異なる様々な災害現場での救命救助に尽力してきた。
○…野球に熱中していた学生時代。藤沢北高校に進学し、3年の全国高校野球の県大会では県立商工相手に大会史上2回目となる完全試合を達成したバッテリーのキャッチャーだ。入局後、「あの時スタンドで見ていた、という同僚との出会いもあって」と笑顔を見せる。最近はマラソンが趣味で多い日には40Km走り込むことも。休日は家族でJAの直売所巡りが定番コース。「健康でいることが一番大切だね」
○…青葉消防署には2022年に副署長として着任。責任職間でのコミュニケーションを大切にしてきた。そんな環境が隊員とも円滑な関係をつくり、緊急時の連携も進むと考える。今後は「これまでの経験を後進に伝えていきたい」。いつ起こるか分からない災害に備えて経験と知識を生かし、命と暮らしを守り抜く。
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