太平洋戦争の終結から今年で78年。戦争を知る世代は少しずつ減り、その悲惨さを体験していない世代が大半となっている。一方で、今なおこの世界の中で戦争や紛争は起き続けている。平和を考える中で私たちにできることとは――。今回、現代における戦争について、国際政治学を専門とするフェリス女学院大学の古内洋平教授にインタビューした。
長引くロシア・ウクライナ
――まずは、昨年2月から続くウクライナとロシアの戦争についてうかがいます。今までの戦争との違いなどについて、教えてください。
「これは『新しい戦争だ』ということを言う人もいますが、今回の戦争はこれまでの戦争についての研究の蓄積の中で、十分に理解できるものだと思います。もとはウクライナの国内の紛争だったものが、ロシアの関わりによって国家間の戦争に発展しました。この『内紛の国際化』というのは世界的に近年増加しています。
ただ過去の戦争との違いもあり、その一つは例えば戦争犯罪に対する国際社会からの批判の強さです。それだけ人権が重視される時代になってきたということは言えると思います」
――この戦争の報道にはショックを受けた人も多いように感じます。
「スウェーデンのウプサラ大学が1946年以降の武力紛争についてのデータを集めています。それによると2022年には世界で55件の紛争があったとされていますが、ウクライナとロシアの戦争を含めて国家間の戦争は3件にとどまり、52件は内紛です。
また死者数をみると、ロシア・ウクライナでは8万人が亡くなったとされていますが、実はエチオピアでは同年に10万人が亡くなっています。
ヨーロッパでの戦争ということでロシア・ウクライナへの関心や報道が多くなっていますが、国際社会全体としてみるとそれだけではないということも知っておかなければならないと思います」
危険な「単純化」
――今年3月、国際刑事裁判所(ICC)がプーチン大統領に逮捕状を出したことも大きなニュースでした。
「1国の大統領にICCが逮捕状を出したのは2009年にスーダンでの例がありますが、これは国内紛争でした。国家間の戦争では初めてのことです。
従来は紛争を解決する手段として対話や交渉が重要という観点から、『逮捕』という方法は相手を刺激し、対話や交渉を難しくしてしまうためにタブーだとされてきました。『平和と正義のジレンマ』ともいわれるように、正義を追求するあまりかえって混乱を招いて平和を乱すことがあるからです。
今回はそれをやらざるをえない状況と判断したのだと思いますが、研究者としても驚きでした。それほどまでに、正義を求める声が国際社会で高まった結果と言えるでしょう」
――プーチンが諸悪の根源だという見方が一般に広まっていることも背景にあるのでしょうか。
「戦争というのは『あいつが悪いから起きた』というものではなく、複雑に要因が絡み合って起きるものです。悪者がいなくても、もっといえばみんなが平和を望んでも戦争が起きてしまうことがある――そのことについては、これまで人類がさまざまな戦争を経験し、理解してきた結果、共通認識ができていると思います。
今回のことをきっかけとして『あいつが悪いから起きた』という戦争の単純化が広がることのないよう、私たちはしっかり見張っていかなければなりません」
国連を理解すること
――例えば国連などに戦争を止める方法はないのでしょうか。
「国連安全保障理事会(安保理)の常任理事国にロシアがいるため、北朝鮮に対する経済制裁のようなことはできないでしょう。
そうすると『国連は役に立たない』という意見がいつも出てきますが、それは国連の理解を誤っていると思います。
現在、国連の平和維持活動(PKO)は世界12カ所で9万人規模で展開されています。先ほど現在の紛争の多くは国内紛争だとしましたが、PKOの力のほとんどはそこに注がれています。
国連にできることとできないことを分けて考え、平和構築について広い視野で考えることが大切です」
戦争振り返る意義
――現在、日本が戦争に進んでいく危険性は感じていますか?
「戦争の危険性が高まるキーワードとしては『分断』があります。民族間など経済格差や不平等、資源の奪い合いなどを背景に国内が分断して紛争が起こる。それが戦争に発展するケースが多いといえます。今の日本には社会に格差はあっても分断にまでは至っていないとみています。その意味では、アメリカの方が危険かもしれません」
――戦争の悲惨さを語り継ぐことで、平和を求める意識を強めることはできますか?
「悲惨さが語り継がれることで、暴力そのものを憎んだり、平和を尊ぶ心を育てるというのはとても大事なことです。
しかし同時に、世界的には『過去の戦争の悲惨さ』というのは相手への憎しみを増長したり、現政権を正当化する道具として利用されてきました。過度な犠牲者意識がナショナリズムにもつながり、政治的に利用される文脈で悲惨さが語られることが多々あります。
日本はとても稀有な国で、戦争の被害者であると同時に加害者でもあるという認識が広く共有されています。それは先の戦争を正しく理解しようとしてきた営みの成果とも言え、十分ではないながらもバランスをとってこれた国だと思います。
こうした知恵を広めることは今後の国際社会の平和にも役立つものではないかと思います」
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