1万3618人が卒業
今年創立50周年を迎えた横浜市立中田中学校(泉区中田北)。同校は1973(昭和48)年の6月4日に中和田中学校から分離独立する形で開校した。当時まだ校舎は完成しておらず、開校式は中和田中学校の体育館で行われたという。
同年8月に現在の校舎が竣工して移転。以来、50年間のうちに今日まで1万3618人の生徒を送り出している。
開校当時は1年生と2年生あわせて968人が在籍。その後しばらく生徒数は増加の一途を辿り、1977(昭和52)年には汲沢中学校が開校して葛野小学校の通学区域を中田中から除外。1985(昭和60)年には領家中学校の創立に伴い、260人の生徒が移った。近年の生徒数は500人台で推移し、今年度は新入生192人を迎えて、全校生徒数570人でスタートした。
生徒主体の周年事業
50周年を前に昨年9月、創立50周年記念事業実行委員会が発足。実行委員長には同校の14代PTA会長を務めた高橋文治郎さん(77歳)が就き、また副委員長には同じく25代PTA会長の齋藤信幸さん(50歳)が就いた。
高橋さんは「委員会のメンバーが各部会ごとに役割を全うしてくれて、委員長としてはとてもありがたかった」とこの1年を振り返る。「それを支えてくれたのは、生徒が考えてくれた50周年のスローガン『みんなで祝おう中田中学校〜半世紀分のありがとう〜』。この言葉を胸に、地域も一体になって準備をしてこれたと思う」と高橋さんは思いを語る。
今年度の始まりと共に50周年記念事業はスタート。4月には実行委員会から体育館の演台を、PTA役員OB会「しらかし会」からは紅白幕が記念品として贈られた。
副委員長の齋藤さんは「50周年をみんなで祝おうという言葉の通り、生徒たちは各委員会ごとに事業を企画して形にしてくれました」と話す。同校の正門付近のフェンスに掲示されている50周年の横断幕も、生徒会のメンバー自身が地元の(株)戸塚テント製作所に赴いて、予算や素材を相談しながら完成させたものという。
記念誌も完成
50周年記念事業の集大成として10月21日に開催された記念式典と祝賀会。これにあわせて記念誌の制作も進められていた。記念誌部会の部会長を務めたのも副委員長の齋藤さんで、今回の記念誌の一番のこだわりは在校生や保護者を対象にした「アンケート」という。
「保護者の中にも中田中卒業生は多いんですよ」と齋藤さん。齋藤さん自身も中田中OBだが、アンケートでも「家族に卒業生はいますか」との問いには40%がYESと回答している。「記念誌のあり方を考えた時に、今の現役生も楽しめるものがいいと思った。親世代が中学生の頃の中田中はこんな感じだったんだ、というのを楽しんでもらえたら」と思いを語る。
荒れた時代も
卒業生から回答された当時のエピソードコーナーも充実しており、「ジャージが長ズボンしかなかったので自分たちで切って着用していた」といったハーフパンツを導入する前ならではの話も紹介されている。
さらには「(学校が)荒れていたので授業にならない日があった」といったものも掲載されているが、齋藤さんは「こういうのは卒業生ならでは。きれいな話だけでなく、荒れた時代があったことも中田中の歴史。地域の人たちはみんな見てきたことだから」と話した。
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