第78話〜居残り淡島さま道標〜 とつか歴史探訪
柏尾川の大橋の袂に、道標を兼ねた碑が人知れずに立っています。碑の正面には"淡島大明神"、側面には"ほしのや・虚空蔵菩薩・八王子道"と彫られています。この柏尾川土手沿いの道は、かつては"淡島道"とも呼ばれ「淡島大明神」を参詣の道でした。紀州加太の淡島明神の信仰は江戸の時代に淡島願人と呼ばれる人が、淡島様のお札や神像を入れた厨子を背負い日本各地に出向いて信仰を広げました。この淡島様は、婦人病に効験があるとされ、針才天女とも謂れ針供養の日には大変賑わったそうです。
戸塚での話では・・・・淡島願人が江戸で出開帳をしている内に、浪費を重ね路銀を使い果たしての帰り道、宿泊費にも事欠きたどり着いたのが戸塚宿のお寺でした(別の話では・・・一緒の者が病にかかり戸塚宿にたどり着いた・・・との話もあります)。
寺の住職の人柄の良さに、遊行者は借金を申し込みその担保として淡島明神のご神体を申し出ました。住職は淡島様を預かるとはもったいないと断りましたが、それでは気が済まないと置いて帰って行ってしまいました。その内に又来られるだろうと預かっていましたが、それきり姿を見せることは無かったと言うことです。住職は、本堂の裏山に祠を建て淡島様を祀ったと言います。
今でも柏尾川沿いの碑には、いつでもお供えが絶えず地元に守られています。
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