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金沢区制70周年記念連載 「地元の歴史 振り返る」第20回 野島に残る戦跡 文/NPO法人横濱金澤シティガイド協会本コラムでは2018年5月に金沢区が区制70周年を迎えるにあたり、シティガイド協会の協力を得て、地元の歴史を振り返る

公開:2018年2月1日

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野島掩体壕の西側=写真上=と東側=同下
野島掩体壕の西側=写真上=と東側=同下

 横浜・金沢区及びその周辺には、横須賀市・追浜に横須賀海軍航空隊(追浜飛行場)、海軍航空技術廠(ぎじゅつしょう)(飛行機に搭載する機銃や航法機器等の研究・試作するところ)、また、富岡に横浜海軍航空隊が設置されたことにより、軍事関係の施設が造られた。

 特に野島は、横須賀海軍航空隊に隣接していたため、防空砲台や、防空壕などに加えて、掩体壕(えんたいごう)が造られた。掩体壕とは、敵の爆撃から飛行機を守るために土塁やコンクリートで覆った壕のこと。

 写真に示すように今日まで残って、見ることができる野島掩体壕は長さ260m、巾20m、高さ8mのトンネル状に造られている。

 すぐ近くにあった夏島の掩体壕と合わせて100機の飛行機を格納できる施設で、当時、日本一の規模を誇ったという。

 この掩体壕を造ったのは、横須賀海軍施設部の土木工事専門部隊で、横浜市港北区日吉台の連合艦隊司令部(海軍の艦船・航空機を作戦指揮するところ)や長野市の大本営(陸軍・海軍の全部隊を指揮するところ)の海軍部用壕の建設にも従事した。

 野島掩体壕は、終戦の昭和20年(1945)3月から6月にかけて急ピッチで造られたが、実際の戦争には使われなかったといわれている。
 

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