区役所で行われた「世界一周航海」講演会で講師を務めた 馬場 邦彦さん 汐見台在住 90歳
海外の風、身にまとう
○…気象の専門家として仕事で、またヨットや客船旅行などの趣味で、これまで世界中を訪問。その経験を活かし、委員長を務める区国際交流コーナー運営委員会主催の講演会で講師を務めた。「より多くの人が海外、そして海に関心を持って、親しんでもらえれば」と、笑顔で語る。
○…旧制中学から気象技術官養成所(現・気象大学校)に進学。この進路を選んだのは理系希望のほか、家の事情もあった。「父が一時視力を失ってね。気象養成所の学生は公務員扱いで給与も出たから」。卒業後、徴兵で海軍へ。終戦後は所属先である気象庁に戻る。9年勤務後、スカウトで日本水産(株)に。南氷洋捕鯨船団の気象長として21年間、南極海を航海した。50歳で独立し、5年後気象海洋コンサルタント会社を設立。石油公団の南極海底地質調査計画に参加するなど、その後も世界を巡った。
○…学生時代に出会ったヨットが、生涯の趣味に。世界中の仲間との交流も盛んだ。両方の知識を活かし、ソウルやバルセロナ五輪では、ヨット日本代表チーム気象コーチを歴任した。
○…佐賀県出身。6歳で横浜・野毛へ。当時は体が弱く、田園風景が広がり空気のきれいな汐見台の知り合い宅で暮らした時期も。父親の仕事の関係で台湾へ移り、気象学校進学のころ東京へ。就職後は勤務地である大阪や岩国、東京などを経て、64年大規模開発が始まった汐見台に。一度離れるも、8年前再び居を構えた。「開発前からは大きく変わっているけど、汐見台は今も懐かしい感じがする」と、目を細める。
○…8年前に妻が他界し一人暮らしも、3人の子ども、7人の孫、5人のひ孫が時折遊びに来ると大賑わいに。趣味の海外旅行にも精力的に出かける。「体が元気なうちで行けるうちは、どんどん海外に」と、無邪気な笑顔を見せる。はきはきとした語り口と快活さからは、陽気な外国の風が感じられた。
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