本牧 気まぐれ歴史散歩 63 『霞 橋』 3回移設された明治生まれのトラス橋
新山下の運河にかかる霞橋は明治29年(1895年)に作られたトラス橋です。トラス橋とは、細長い鋼材を三角形に繋いでいくことで、接続部分で荷重や温度変化による伸縮を吸収するように作られた橋です。明治政府は新橋―横浜間に日本初の官営鉄道を敷設しましたが、その後は西南戦争などの出費による財源不足から、民間資本による鉄道敷設に頼わざるを得ない状況となりました。渋沢栄一らによって設立された日本鉄道は、現在の高崎線・東北本線・常磐線の元となる路線を敷設しましたが、もともとこの橋は日本鉄道が敷設した土浦線(現:常磐線)の隅田川橋梁として造られた全長約470mの橋でした。重量が大きい鉄道を渡す橋だったため、トラス部分も大きく強く造られました。
隅田川橋梁は昭和3年(1928年)に架け替えとなりましたが、まだ使用できる部材は、翌年、貨物線の巨大拠点・新鶴見操車場を渡る江ヶ崎跨線橋の一部となりました。新鶴見操車場の再開発により、平成21年(2009年)に江ヶ崎跨線橋も撤去されましたが、さらにまだ安全に使用できる部材は、平成25年(2013年)に最新の技術も取り入れながら、当初の橋の面影を残した霞橋として生まれ変わりました。横浜市の歴史的建造物に認定された明治生まれのこの橋は、現在も私たちの生活を支え続けてくれています。
このまま海風にあたりながら、霞橋から新山下の運河沿いを歩いていきます。(文・横浜市八聖殿館長 相澤竜次)
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