ミニシアター「横浜シネマリン」=中区長者町6=では復活リニューアルから10周年を迎えることを記念して、12月7日(土)から13日(金)まで特別上映会を行う。期間中ゲストとして、横浜在住の監督が日替わりで登壇する。
同館は、1954年に吉本興業が「花月映画劇場」として開館したのが始まりだ。当時周辺には大小約40もの映画館があった。8年で撤退し、1964年に伊勢佐木町のとんかつ屋「かつ半」が引継ぎ「イセザキシネマ座」の名称で再オープンした。その後オーナー変更を経て、1989年「横浜シネマリン」に。しかし「シネコン」の台頭などにより、2014年3月に休館。閉館の窮地を救ったのが、現在同館の支配人を務める八幡温子さん(68)=保土ケ谷区=だった。八幡さんは映画サークル「横浜キネマ倶楽部」に所属する映画ファンの一人だったが「横浜の歴史ある映画館をなくしたくない」と使命感に駆られ、個人で運営を引き継ぐことを決断。改修工事を経て、同12月に再オープンした。
上映する作品がない
八幡さんはこの10年を「困難の連続」と振り返る。「映画好きだけど運営に関しては所詮素人でした」。配給会社とツテがないと作品を出してもらえない厳しい業界。日々の上映が危ぶまれる中、1本ごとの買取で扱える旧作を監督や俳優などのテーマに沿って複数上映する特集上映でしのいだ。結果的にはこれが同館を特徴づけ「都内でやっていたコアな特集上映は、待っていれば必ずシネマリンが上映してくれる」と映画ファンが注目する存在に。映画製作プロダクション「アルタミラピクチャーズ」の社長で映画プロデューサーの桝井省志さんが同じ三ツ沢小の同学年だったと分かり、縁がつながったことで人脈も広がった。
「今も作品探しは大変」だと話し、都内のミニシアターや試写会に訪れ、気に入った作品を見つけては直接上映交渉するなど地道な活動を続ける。また、舞台挨拶やトークショーも定期的に企画し「昔は時間潰しにふらっと来るシニア世代が多かったけれど、今は作品をめがけて若い人も来てくれるようになった」と喜ぶ。今後は、自身が大好きなドキュメンタリー映画の映画祭を企画できたらと考えている。
特別上映会の作品と登壇者は以下の通り。7日「キャッチボール屋」(主演・大森南朋さん、大崎章監督)、8日「ヨコハマメリー」(中村高寛監督)、9日「ガザからの報告」(土井敏邦監督)、10日「ここから『関西生コン事件』と私たち」(土屋トカチ監督)、11日「わたしを演じる私たち」(飯田基晴監督)、12日「上飯田の話」(たかはしそうた監督)、13日「肉弾」(利重剛さん/俳優・監督)。詳細は同HPで。
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