本牧 気まぐれ歴史散歩 86 本牧臨海公園
八聖殿が建っている本牧臨海公園は、昭和33年(1958年)に開園しました。昭和20年(1945年)5月29日の横浜大空襲では、鶴見から本牧までの横浜沿岸部を焼き尽くすために焼夷弾が落とされました。さらに、同年6月10日の本牧地先から根岸湾・富岡までの沿岸部の空襲は、高射砲や軍需工場などを破壊するために250kgの爆弾が落とされました。着弾と爆風により多くの命が奪われ、三溪園の建造物も大きな被害を受けました。
終戦から10年以上が経過してから、ようやく三溪園の建造物や庭園の修繕が始まり、昭和33年に再開園しました。これに合わせて、八聖殿と周辺の緑地帯の整備も始まり、同年に本牧臨海公園として地域の憩いの場になりました。
添付写真はモノクロで見にくいですが、海から立ち上がっている断崖絶壁の上には八聖殿と緑地帯が、八聖殿の右側にはスタンダード石油社員寮が、そして、左端中央には昭和38年(1963年)に完成した横浜入国者収容所の外塀があることもわかります。今では想像しにくいですが、本牧臨海公園はまさに海に臨む場所にあった公園だったのです。
昭和38年(1963年)から本牧地先の埋め立てが始まったことで、かつて海があったところに本牧市民公園が誕生しました。2つの公園は繋がっていますが、現在の崖の上が本牧臨海公園、崖の下が本牧市民公園です。引き続き、公園内を散策していきます。
(文/横浜市八聖殿館長 相澤竜次)
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