大名行列に立ち入った英国人4人を薩摩藩士が殺傷し、のちの日本開国に大きな影響を与えたとして知られる生麦事件。1862年の発生から157年目を迎えた8月21日、キリンビール横浜工場の入口横に建つ事件碑前で、有志の地元住民らによる「157年追悼祭」が行われた。
追悼祭は、100年祭をきっかけに結成された、周辺6町会の有志から成る「生麦事件碑顕彰会」(相良好計会長)が主催。
継承に力注ぐ
碑は、1883年に元鶴見区戸長・黒川荘三が建立。以来、住民らが引き継ぎながら守っている。横浜環状高速道路を建設する際、移動していたが、2年前に元の場所に移されている。
当日は同会会員のほか、住民ら100人近くが参列。参列者は、杉山神社の宮司によるおはらいのあと、事件碑に玉串を捧げた。
「令和になって最初の追悼祭。また新たな気持ち」と相良会長。「若い人に伝えていきたい」と、生麦中学校で事件についての講義を行っていることなどを例に挙げ、次世代への継承に力を入れていく考えを示した。
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