済生会横浜市東部病院=鶴見区下末吉=が、出産時に大量出血などでハイリスクと言われていた症例に対し、輸血不要という低侵襲の新たな手術体制「プレビアセンター」の提供を開始した。帝王切開手術と、止血のための血管内処置を産婦人科医が単独で同時に行うのは、全国で類を見ない術式だという。確立した救命医兼産婦人科医の折田智彦医師は「幸せの瞬間である出産の現場から悲しみを無くしたい」と奔走する。
救命医兼産婦人科医が確立
出産時、普通分娩が困難な場合に選択される帝王切開は年々増加傾向にある。2016年調査では5人に1人だった割合が、18年には4人に1人に増えている。
帝王切開は、通常分娩よりも出血量が多くなりやすく、特に大量出血リスクが高いのが、胎盤が子宮に食い込む癒着胎盤や、胎盤が子宮の出口側を覆う前置胎盤だ。
出血量は、通常で500cc以下、帝王切開で1リットル前後だが、癒着胎盤や前置胎盤は3〜5リットル以上の出血になることもあり、一人分の血液量に相当することもある。
癒着胎盤や前置胎盤と診断された場合、開腹の際は腹部を縦に切開が基本となり、大きく傷跡が残るケースもある。さらに、止血が困難となったときは、子宮摘出という選択を迫られることもあるのが実状だった。
出血量1リットル以下に
東部病院が提供を開始したプレビアセンター(プレビア=前置胎盤)は、前置胎盤などのリスクを軽減するために設置された。
血管内治療の設備も整う手術室を使用し、前置胎盤の妊婦に対して、帝王切開手術と同時にカテーテルによる血管内処置を施すハイブリッド手術を可能とした。
これにより、開腹方向は基本的に下着に隠れる横向きとし、出血量は症例によるが1リットル以下におさまる形となった。
同センターは2019年5月に導入され、1千例に5〜6例とされる前置胎盤を約2年間で15例処置。確立した折田医師が、昨年度以降、日本産婦人科学会など8つの学会で発表し、「学術的に間違いではない」という裏付けを確信したことから、今回の正式提供にいたったという。
「産科の領域で主な死因は出血。同じ治療でもダメージが少ない方がいい」と折田医師は話す。
あえて研修医として挑む
外側から見た常識が、内側からどう見えるのか――折田医師は20年以上の経歴を持つ救命医だ。「命を救う」という領域の幅を広げるため、これまでも血管内治療、循環器など、さまざまな専門分野を学んできた。
プレビアセンターの原点は、15年前、千葉県内の病院に勤務していた当時起こった出来事にさかのぼる。
通常分娩だった妊婦の産後出血が止まらず、現場に呼ばれた折田医師。手の施しようがないという医師らに、「何もしないなら任せて欲しい」と志願し、当時学んでいた血管内治療で止血を成功させた。
術後3時間で意識が回復。家族は驚き、感謝された。新たな命の誕生という幸せの瞬間が、一転して不幸になるかもしれなかったという現実。「家族の未来を救えたという実感があった。やっていて良かったと初めて思えた」。折田医師は振り返る。
悔しさ糧に
産科において、これまでも血管治療が施される例はもちろんあった。だが、基本は起こった後、他科の医師が緊急招集される形だった。
胎盤による出血は、帝王切開手術のため予測できる。大量に出血後、救命に声がかかり、笑顔が不安に変わるシーンを何度も見てきた。
「なぜ、事前に止めることをしないのか」。救命医には見えていない、産科・周産期特有の理由があるのかもしれない――3年前、あえて研修医として産科の門をたたいた。
中に入って学んだこともたくさんあった。初めてのことへの挑戦。「周囲の人たちのおかげ」。正式提供は一人では成し得なかったとする。
術式確立後、最初の症例は、2人の産婦人科医が手を貸してくれた。いずれも前置胎盤を要因に、自身が開腹した傷を引きずる患者の担当医と、帝王切開手術中の止血不能で子宮摘出の苦い経験のある医師だった。
「出血を止められず悔しい思いをした産婦人科医が、術式の可能性を信じて導入をサポートしてくれた」
まだ始まったばかりだが、悲しみがゼロになるように、少しでも広がればと願う。次に挑むのは、予測困難とされる「産後出血」の発生そのものを止めること。
「自分のところ(救命)に来なければ助かったかもしれないと悔やまずに済むように、自分の限界ではなく、現代医療の限界と言えるような医療を提供したい」と常に考えているという折田医師。「困っている妊婦さんがいたらぜひ来てほしいし、許されるならどこへでも行く」と話した。
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