小田急線・生田駅から南に進み、「こども文化センター入口」の交差点を右へ上っていくと、栗谷三丁目バス停手前に石碑がある(栗谷3の7の9付近)。「栗谷の地古来道路険にして迂出入り甚だ便ならず里人其苦労愬ふること久し」「鉅費を投じ険を開き迂を修め積年の苦始めて除かる」などと刻まれている。1928(昭和3)年11月に建立された、「大典記念修路之碑」だ。
昭和以前、栗谷では山の中を迂回するように坂道が通っていたという。栗谷町会の伊藤重子会長は「栗谷は山の中の寂しいところだった。古い道は山のてっぺんを通る回り道」と説明する。転機となったのは1927(昭和2)年の小田急線開通。これに合わせて当時の住民がお金を出し合い、新たな道路(切通し)をつくった。石碑は道路の開通(修路)と昭和天皇即位(大典)を祝って建てられたもの。伊藤会長は「長沢や百合丘の人も回り道せずに生活が楽になったと聞いている。栗谷にとっては大切な歴史」と話していた。
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