大分県出身。兵庫県や米国などで幼少期を過ごし、中学高校は親元を離れ愛媛県の学校へ。東京大学医学部、同大大学院を経て経営コンサルティングなどを行う企業に入社後、証券会社に勤務していた2011年。東日本大震災がライフスタイルを見つめ直すきっかけに。「家族や地域との時間を大切にしたい」と会社員を辞め、居住していた菅地区で学習塾などを運営する会社を立ち上げた。
地域に身を置くうち民生委員や町会など、しだいにさまざまな方面から誘いの声がかかるようになった。菅町会で副会長を務める中で「地域の困りごとを行政に通し課題を解決していくためには、根本的にルールを変えていくことが必要だ」と実感する。そんな折、地元選出市議の勇退を受け、政策的な後継として19年に出馬。当選して4年間市議を務め、今春2期目の議員生活がスタートした。
けがの影響で今はプレーを控えているが、学生時代はサッカーに没頭。最近は幼少期に習っていたピアノを再開した。スマートウォッチを購入してからは「歩くのが楽しみ」と微笑む。
「コミュニティーづくりにしても子どもの安全を守るにしても、地方行政では交通が大きな要素となっている。インフラを整え、効率の良い快適なまちにしていきたい」とまちづくりへの展望を語る。JR稲田堤駅周辺の在り方や活性化、中野島駅北口臨時改札の終日利用、区内を多く流れる水路の管理や活用方法など地域課題に限りなし。変えていくべきルールはまだまだ山ほどある。
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