昨年1月に亡くなった女優、原知佐子さん(享年84)の主演映画「のさりの島」が、川崎市アートセンターで今月下旬に上映される。かつて百合丘に暮らしていた原さん。素顔や役者としての生き様を関係者に聞いた。
原さんは、新東宝や東宝に在籍し、1970年代にはテレビドラマ「赤い」シリーズのイビリ役で知られた。映画「黒い画集 あるサラリーマンの証言」「シン・ゴジラ」などにも出演。
映画「のさりの島」では主演を務めた。舞台は熊本県の天草。寂れた商店街の楽器店の老女・艶子(原さん)は、「オレオレ詐欺」の受け子として現れた若い男(藤原季節)を本当の孫と思い込み、2人は奇妙な共同生活を送る。「のさり」は天草地方に伝わる言葉で、「いいこともそうでないことも、自分の今ある全ての境遇は天からの授かりものとして否定せずに受け入れる」ことを意味する。若い男は、やさしい「嘘」の時間に居場所を見つけていく――。
同作品の撮影にあたり、天草へ移動して撮影できるくらい元気な80代の女優を探していた山本起也監督。知人から原さんの名前が挙がった。初めて会った原さんの第一印象を「チャキチャキしゃべる、元気なおばあちゃん」と山本監督は振り返る。作品の話をすると、原さんは「やります」と出演を快諾。「原さんにとって久しぶりの映画現場とメインの役どころだったと思う」
貫いた”役者魂”
山本監督は原さんについて「びっくりしたことが3つある」と話す。1つ目は撮影前。劇中の衣装合わせをしながら、役柄に関する話しなどをしていこうと思っていた矢先、原さんが入院中と知った。だが原さんからは「衣装合わせには行きます」と連絡が入り、予定通り実施。天草での撮影にも退院してすぐ合流した。「我々に入院のことを伏せていたのは、役を手放したくないという気持ちが強かったからではないか」と山本監督は推察する。
2つ目は原さんの撮影初日。午前中、セリフを最後まで言えないなどミスが相次ぎ、何十回と撮り直しても、OKにならなかった。山本監督は「原さん自身も、年を取り、自分ができると思っていたことができないことに、驚かれていたと思う」と話す。
昼休みに「一人にしてほしい」と言い、1時間ほど過ごした原さん。午後に撮影を再開すると、「映画の艶子さんそのものになっていた」。原さんは1時間で修正し演じる役を自分のものにしていた。山本監督は「役柄の軸をつかんだような感じで、そこから撮影もスムーズに進んだ。短時間で驚かされた」と語る。
3つ目は亡くなったことだ。撮影が行われたのは、2019年の2月から3月にかけて。それから1年経たず、2020年1月19日に原さんはこの世を去った。同作品が遺作となった。
百合丘で近所づきあいも
映画では、嘘の祖母と嘘の孫が、本当の祖母と孫のようになっていく様が描かれるが、演じた原さんと藤原さんの関係性を物語るようなシーンがある。炭酸水にアイスクリームを入れて食卓で食べる一場面。自然に会話するような2人のやりとりに、山本監督は「ずっと見ていたいな」という気持ちになり、カットをかけずに撮影を続けた。台本にないシーンを演じる2人に、「本当の孫とおばあちゃんになる姿が映っているような気がして思わずニヤニヤして見てしまった」と話す。その後の編集で、アドリブのやりとりをすべて使用した。
「嫌味なく、気さく」
原さんは40年前に百合丘のマンションに夫で映画監督の故・実相寺昭雄さんや娘と暮らしていた。当時、マンションの上下階の仲だったという齋藤悦子さん(76)=栗木台在住=は、「そのときの知佐子さんはいろんな作品に引っ張りだこだったと思う。でもマンションの理事会や、月1回の掃除にも出たりしていた」と目を細める。仕事が忙しい中、原さんは区民まつりや知人が出演する演奏会などにも顔を出した。齋藤さんは「『地域のイベントは断らないでなんでもさせていただく』のが信条。嫌味のない、気さくな人だった」と語る。
夜にマンションの住民が集って飲み会をしていると、原さんは「飲んでます?」と声をかけ、自宅からお湯割り焼酎と梅干しを持参し、輪の中へ。「知佐子さんはお酒が大好きで、近所の方と交流するのも好きだった」と齋藤さん。目立とうとせず、静かにゆっくり飲む姿が印象に残る。
齋藤さんは原さんが都内に引っ越した後も付き合いが続き、親しい仲だった。「のさりの島」の撮影に行くことは原さんの入院中に聞かされた。「心配したけれど、知佐子さんは『ロケに行くわよ』とノリノリで」。撮影前に、原さんは舞台の仕事をドクターストップで降板していた。「舞台を降りたことも大きかった。お仕事はこれが最後と覚悟していたと思う」と齋藤さんは語る。
一方で山本監督は、撮影現場の原さんを「これで最後だと思っていなかったと思う。久しぶりの映画撮影を楽しみにしていたと聞いていた」と思い返す。
撮影後、齋藤さんが原さんに感想を尋ねると「ふーん、どうでしょう」と返答。齋藤さんは「この反応はとても満足してロケを終えた証拠。体は悲鳴を上げていても知佐子さんは弱音は言わない。精いっぱい、かけていた役」と思いを汲む。
ゆかりの地での上映に山本監督は「原さんに対するはなむけを込めて、地域の皆さんにも知ってほしい」、齋藤さんは「関わりのある人もたくさんいる場所なので知佐子さんも喜んでいると思う」と語る。
「のさりの島」は9月25日(土)から10月1日(金)まで川崎市アートセンターで上映(27日(月)休映)。各日午前10時から。25日、26日には上映後に山本監督が登壇し、舞台挨拶を予定。
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