川崎市内で今なお繰り広げられるヘイトスピーチ(差別と憎悪の扇動表現)・デモ。その現場を取材し続け、レイシスト(差別主義者)と対峙しているのが神奈川新聞の記者・石橋学さんだ。その現状と課題、取材のあり方についてインタビューした。
「条例を使いこなせていない」
JR川崎駅前などヘイトスピーチ・デモの現場では、大勢の警察官に守られたレイシストたちが日の丸や旭日旗を掲げて演説を行い、道行く人たちは迂回を余儀なくされているのを目にする。「さんざん繰り返されてきたひどい差別がまだ続けられているという事実だけで、在日コリアンをはじめとしたマイノリティーの市民たちはとても傷ついている」と石橋さんは指摘する。
川崎市では全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を科す「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が昨年7月に全面施行。条例制定を求め続けてきた当事者や市民団体は「川崎の宝、日本一の条例だ」と喜んだ。にもかかわらずレイシストによるヘイトスピーチやデモは一向に止むことはなかった。市内では無告知を含め、4月26日までに30回のヘイト街宣が繰り広げられ、インターネット上では差別的な書き込みは後を絶たず、川崎区桜本の多文化共生施設「川崎市ふれあい館」には脅迫状が送りつけられた。こうした現状について石橋さんは「市は罰則規定に抵触するヘイトスピーチがあったかどうかという判断にとどまり、差別の根絶を掲げた条例の精神を十分に生かし切れていない。露骨なヘイトがなくても在日コリアンを迫害していることに変わりはない。『差別のないまちづくり』のため、目の前で起きている差別・迫害を非難する声明を出し、市民の安全と尊厳を守る姿勢を示さなければならない」との見方を示す。
活動を活発化させるレイシストたち。その活動を阻止しようと、市民が立ち上がり、川崎駅前や新百合ヶ丘駅前などでは「ヘイトパトロール」が始まった。「休日ごとに川崎だけでなく千葉、横浜からも手弁当で駆け付けている。根底にあるのは、せっかくできた先進的な条例を何とか機能させたいという思い。ゲリラ的に行われるヘイト街宣を見つけ次第通報し、市に対応を求める。これこそ条例に魂を入れる活動で、レイシストたちの居場所をなくすことにつながっていく」と、その活動を紹介する記事を積極的に書いている。
「差別に抗う出発点、川崎」
石橋さんは入社2年目に川崎総局に配属。当時、川崎市が一般職の採用試験で政令市として初めて国籍条項を撤廃するという大きなニュースがあり、石橋さんは連載記事などにも取り組んだ。その取材で自分とは全く違う子ども・青春時代を送らざるを得なかった同世代の在日の青年と出会った。「同じ教室で机を並べているのに、国籍が違うというだけで市役所の職員になり、自分の町を良くするために働きたいという夢が描けない。そうした差別に気付かずに生きてきたことを思い知り、理不尽な壁に突き当たることのない自分のマジョリティーとしての特権を見つめた」。差別に抗う出発点だという。
同じ年、川崎市では外国人市民代表者会議も始まり、提言が市政に反映されるようになった。外国人地方参政権実現の機運も高まったがそこがピークだった。それから20年が経過。時計の針が巻き戻されるように「歴史修正主義」が始まり、気が付けばヘイトデモが行われるようになった。「入社早々、この社会に希望を見いだした思いだったが、甘かった。川崎でヘイトデモまでやられるようになって、いったい何をしてきたんだろうと記者としての仕事を振り返らざるを得なかった」という。
「中立・公平は保身のための方便」
レイシストたちの「悪質さ」「狡猾さ」を様々な角度から報じる石橋さん。だが、最初に取材した2013年5月のヘイトスピーチ・デモでは「レイシストに絡まれ、面倒くさいことに巻き込まれるのではないか」と記事を書くことにためらいがあったという。頭をよぎったのは「新聞は中立でなければならないからレイシストの言い分も聞かなければいけない」「表現の自由は大切だから、慎重に議論するべきだ」という理屈。しかしその間にも在日コリアンを死ね、殺せというヘイトスピーチが街中に垂れ流されていった。石橋さんは取材を重ねるうちに、「新聞の中立、公平は保身のための方便でしかない」ことに気付き、ヘイトを他人事のように放っておいた自分のずるさ、マジョリティーの傲慢さを反省した。「人は全て平等なのに社会が弱者をつくっている。そうした社会を決定づけているのは私を含むマジョリティー。マジョリティーが変わらなければ差別はなくならない。だからヘイトから目をそらしていた自分の至らなさを常に心にとめながら取材を行っている」
「国が包括的法整備を」
県内では相模原市でもヘイトスピーチに規制をかける条例制定の動きがでている。石橋さんは「川崎市を孤立させないためにも続く自治体が出てくることが重要」と話す。一方で「国が条例の後ろ盾となる包括的な人種差別禁止法を作る必要がある。川崎市の条例の運用にもどかしさはあるが、自治体だけでは限界がある」と力説する。
2016年に成立・施行したヘイトスピーチ解消法は禁止・罰則規定のない理念法。川崎市の条例は国の法律を補う形で一歩踏み込んだもので、「規制をすれば反動としてレイシストが攻撃を強めるのは想定された事態。今度は国が応えるべきで、先駆的に取り組んでいる川崎市は法整備を求める権利も、責任もある」と強調。好例もある。昨年12月、川崎市議会がインターネット上のヘイトスピーチを抑止する法整備を国に求める意見書を、賛成多数で採択した件だ。「条例を機能させるための試みの一つ。市民と行政、議会も全会一致で条例をつくった川崎だからこそ説得力がある」と語った。
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