1923年の関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といったデマやヘイトスピーチを引き金に、多くの朝鮮人や中国人が虐殺され、神奈川県もその現場となった。大震災からまもなく98年を迎えるのを前に、本紙ではヘイトスピーチ問題に詳しい師岡康子弁護士にインタビューを行った。川崎市内では今なお、レイシスト(差別主義者)による在日韓国・朝鮮人や外国人市民へのヘイト街宣が川崎駅前などで繰り広げられている。一方で日本で初めて差別に罰則規定を設けた「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」(以下、差別禁止条例)の効果も表れていると師岡弁護士は評価する。
川崎市条例モデルが広がることを期待
ヘイトスピーチは、マイノリティへの暴力(ヘイトクライム)へと発展し、最悪の場合ジェノサイド(大量虐殺)、戦争につながることが国際的な共通認識。「人種差別撤廃条約(※)に基づき、ほとんどの先進国ではヘイトスピーチに対し刑事罰を科している」と師岡氏はいう。
こうした中、日本では2016年にヘイトスピーチ解消法が成立・施行。禁止や罰則のない理念法だったが、川崎市の差別禁止条例は同法に上乗せして刑事規制を設け、昨年7月に全面施行された。それから1年が経過。「レイシストたちが条例12条の刑事規制に当たる『死ね』『ゴキブリ』といった表現をしなくなったことは大きな成果」だと師岡氏は強調する。多摩川を挟んだ東京都では2カ月に1度の割合でヘイトデモが行われ、『朝鮮帰れゴミ』(2021年2月)など、川崎市では禁止されている直接的な、暴力的な表現がされている。「川崎市のように刑事規制があれば違ってくる。本来、国の法律で刑事規制を定めるべきだが、まずはヘイト行為がある地域では『川崎市モデル』の条例を作ることは意味がある」と広がりに期待を寄せる。
「12条にのみ固執しすぎている」
禁止規定に合致する差別的言動が減ったとはいえ、市内のヘイトスピーチはなくならない。実際、レイシストたちは条例の禁止規定をくぐり抜けて街宣でヘイトスピーチを繰り広げたり、他方、市役所に条例に反対して執拗に抗議電話をかける「電凸(でんとつ)」攻撃も行っているという。こうした攻撃はたまたまではないという。「川崎市の差別禁止条例は先進的。レイシストたちにとってはここでつぶさないと他の自治体、そして国に広がる恐れがあると、ツイッターなどでも書かれている。彼らとしては条例を何とか無効化してつぶしたい意図があるからだ」
一方、市については「条例を守らなければならない」との強い思いがあると推察。ただ、その思いが強すぎ、過剰に慎重になっている点が条例の運用上での課題という。「禁止条項の12条に直接当たらなくても、在日韓国・朝鮮人を敵視し攻撃する表現が街頭で繰り返されている。少なくとも条例2条の定める、ヘイトスピーチ解消法2条の定義するヘイトスピーチにあたるものだ。放置すれば差別意識が広がってしまうのだから、市は条例に基づいて差別を批判する啓発活動をやってほしい」と注文。対策の一つとして、ヘイト街宣が行われている現場でのリーフレット配布を提案する。「行政が先頭に立ってリーフレットを配れば、攻撃されるマイノリティにとっても心強い。市は差別を認めていないことを明確にできる」と意義を強調する。
カウンターの行動「評価されるべき」
ヘイト街宣の現場では、実際は市民が街宣を批判するビラをまいたり、ヘイトスピーチを垂れ流さないよう懸命に声を張り上げている。「現場でのカウンター活動はヘイトスピーチ解消法3条、差別禁止条例4条の趣旨に合致する差別をなくす市民の責務としての行動」と師岡氏は強調。福田紀彦市長が会見でレイシストとカウンターの双方に節度を求めた発言については「一方は差別、他方は差別に対する抗議。市と市民が協力して差別のない川崎をつくるのが条例の趣旨。その大前提を明示しないと誤解を呼ぶ」と危惧する。
インターネット上での差別的書き込みについては、市が審査会に諮問を行い、削除要請が始まり、実際削除されて効果が出ている。ただ、9割以上の要請を行政が諮問機関にあげる前に足切りしている点が課題と師岡氏は指摘する。「大阪市や東京都などでも差別的書き込みを削除するための同様のしくみがあるが、明らかに当たらないもの以外、市民の申請は原則審査会にあげている」と運用の改善を求める。
差別禁止条例は、ヘイトの被害者を含む市民が声を上げ、それが市や市議会に届き、市議会では全会派一致で採択。「繰り返されるヘイトが教育や啓発だけでは止まらないとの共通認識から条例ができた」と語る。「他の地域でも実現しうる、差別をなくす希望の光といえる大事な宝物の条例だ」とも力を込める。
師岡氏は在日外国人は税金を払って義務を果たしているのに、地方参政権もないと指摘。公的社会的差別が今でも根強い。差別をなくすには、第一に選挙権のあるマジョリティの日本人が責任を負っていると強調。差別禁止条例の運用をよりよいものにし、差別をなくすよう私たちマジョリティが声を上げていかねばならないと語った。
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