市民の市に対する誇りや愛着を意味する「シビックプライド」(以下CP)。人口減少社会へと向かう中で居住意欲や企業進出を促すため市の魅力発信に努める相模原市は、このCP醸成に向けた取り組みを進めている。一方、CPを考える動きは民間にも広がりを見せ、1月23日に市民団体が開いたシンポジウムでも市の魅力を探るさまざまな意見が交わされた。中でも注目を集めたのが、パネリストを務め、相模原の資源を活用したブランド産出に取り組む宮島草子さん(49)と柳田真樹子さん(45)。2人に改めて話を聞いた。
シンポジウムは市民団体「相模原をプロデュースする会」がオンラインで開催。「”シビックプライド”を育む相模原の資源を活用した商品ブランドづくり」と題し市観光・シティプロモーション課職員による基調講演とパネルディスカッションの2部構成で行われ、宮島さんと柳田さんの取り組みが紹介された。
アレルギーきっかけに津久井大豆農家へ
宮島さんは緑区三ケ木で『草子農園(そうこのうえん)』を営み、同区千木良発祥で「幻の大豆」といわれる津久井在来大豆や無農薬野菜を栽培。大豆は味噌などに加工し販売している。
農薬や化学肥料、除草剤などを一切使用しない自然栽培が特徴。パッケージなども手づくり。その栽培方法をブログで発信すると、消費者だけでなく農業従事者からも注目を浴びた。
もともとは町田市在住で会社勤めをしていた宮島さん。30歳の時に突然食物アレルギーを発症し、果物や小麦など食品の多くを受け入れられない体質になった。「食べることが大好きだった」という宮島さんは、代替品を探す中で発酵食品が体に自然に受け入れられることに気づく。そこで地元の町田で米粉を使った発酵カフェを開いたところ、知人農家から卸される新鮮な野菜に魅了された。「体に優しく安心して口にできる食材を自分でも栽培したい」と2年間営んだカフェを閉め、千木良に畑を借り、7年ほど前にその近くに移住。当初は慣行栽培で野菜づくりをしていたが、農薬や化学肥料に依存しない自然栽培を学んで移行した。畑の所有者から種を譲り受けたことを機に津久井在来大豆の栽培を始め、現在は介護職に就きながら週末農家として大豆や野菜を育てる。宮島さんは「体は食からできている。アレルギーになって身に染みた。食物がたくさんある中で、余計な物が入っていない本物の食材を楽しんでほしい」と話す。
「一人ではできない。地主さんや農協、援農の方たちに協力してもらっている」と宮島さん。常連もおり販路もできたが大豆は売価が安く大量に作って加工しなければ十分な利益は望めないため、今後の課題は生産量の確保だという。「津久井は自然豊かで都心にも近い。でも、『じゃあ住もう』となるにはまだ不十分。大豆をブランド化して、津久井の魅力をもっと広めていけたら」
無添加チョコレート藤野から都内へ
柳田さんは6年前、自然環境や教育を考え川崎市から藤野へ移住した。藤野に夫の友人が住んでいたことや持続可能なまちづくりにも惹かれた。会社勤めをやめ、藤野での仕事や活動を模索する中、夫の仕事の関係からタンザニアの無添加・無加糖ドライフルーツの輸入販売を手がける『藤野良品店』を立ち上げた。
ある日、夫が現地からたまたま持ち帰った有機カカオ豆でチョコレートを作ってみるとこれが美味で、友人に振る舞うと大好評。藤野の芸術家たちが包装紙やチョコの型を創作してくれ、工房の手配も進み、とんとん拍子で話が膨らんだ。柳田さんは「夢を語ると、人と人のつながりがそれを実現してくれる。藤野の盛んなコミュニティが幸いした」と振り返る。
タンザニアの奥地で農薬も化学肥料も使わず栽培されるカカオ豆。その買い付けからチョコの製造まで一貫して手がける。藤野の木炭で焙煎、原料は有機砂糖のみ。添加物は使用しない。成型などもすべて手作業。包装を地元の障害者施設へ委託するなど、地域の力も活用する。メディアにも取り上げられ、都内にも販路を開拓した。
「藤野で作っているものが都内で通用するということはうれしい。ゆくゆくは、『藤野ブランド』から『相模原ブランド』になっていけば」
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