5月に追加の聖火ランナーとして選ばれた松田理佐子さん(29)=相模原市南区在住=は、左手でトーチを握ることを心待ちにしている。生まれつき左手が無く、身体的不自由でありながらも「工夫」をしながら生活をしてきた。社会人になってつけた義手もその一つ。今までの経験から、諦めず向き合うことの大切さを伝えるために熱意を示す。
「学生時代、私に左手が無いことを考えて、周りの先生方がさまざまな工夫をしてくれた。そのおかげで健常者の人と交じっても、遜色無くやってこられた。その経験から、多様性の大事さを伝えるために応募した」。聖火リレーの公道走行は中止となったが、伝えたい思いの灯はともり続けている。
松田さんは学生時代、健常者と一緒にスポーツに打ち込んできた。「中学時代のバドミントンでは両手を使うサーブで、高校から始めたハンドボールではディフェンスで大変なことがあった。でも、不便だと感じたことはない。サーブするときは、ラケットの上にシャトルを置いて、ハンドボールではフィジカル面を鍛えるなどさまざまな工夫をしてきた」と松田さんは話す。自らの努力や、周囲の応援もあり、学生時代に義手をつけようという考えはなかった。
現在は理学療法士として働いている。きっかけは中学時代。骨折をしたときに対応してもらい、憧れを抱いた。高校時代に進路を決める際、「これまでの生活は周りの支えがあってこそ。今度は理学療法士として自分が周りを支えたい」と、理学療法学専攻がある北里大学へ進学した。
義手との出会い
社会人になり、理学療法士として介助などに携わる中で、仕事の幅を広げるために義手をつける事を決意した。松田さんは、「義手をつけた事でいろいろとスムーズにできるようになった。最初は今までの生活との違いを感じることはあったけれど、自信を持ってより仕事に打ち込めるようになった」と話す。心の中にあったのが、義手をつけることも学生時代にしてきたような生き抜くための工夫である、という考え方だった。
「挑戦すればできる」
松田さんがつけている義手は「筋電義手(きんでんぎしゅ)」と呼ばれるもの。筋肉が縮小することで発生する電流を利用して動かす。義手を身につけたことにより、料理をはじめとした家事もスムーズにできるようになった。
聖火リレーには一昨年の夏に応募。今年追加ランナーとして改めて選出されたときは「とてもうれしかった」と話す。そんな松田さんが、聖火リレーを通じて伝えたかったこと、それは「工夫」の大切さだ。「義手という工夫によって、左手で物を持てるようになった。『自分はどうせできない』と思うのではなく、工夫をしてチャレンジをすればできるということを聖火リレーを通じて伝えたい」と訴える。公道でのリレーは中止となったが、ランナーが聖火を灯すセレモニーイベントは開催される。松田さんは6月30日(水)に横浜赤レンガ倉庫で参加する予定。
「聖火を握ってみたい」。変わらない思いを抱いて、松田さんは笑顔でそう話した。
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