野元 弘幸さん東京都立大学教授
震災直後から岩手県大船渡市復旧・復興活動に参加し、自身が専門とする防災教育の研究者として現地の関係者や施設を回りながら調査研究を続けてきた。その傍らで市民グループ・大船渡支援相模原市民ボランティアの会を結成。毎夏に大船渡を旅行し、各地の名所を回り、住民との交流を育みながら観光の面でも復興の一助となる。
コロナ禍で生きる経験
ところが、昨年のコロナ禍で全て白紙に。さらには自身が教授を務める大学でバイトの解雇などによって困窮学生が増加。5月の連休から食料支援の活動に乗り出し、週末にもなれば大型スーパーへ買い出しに出向く。感染対策に努めながら6月頃には食料配布会を開催。初めは受け取りに来る学生もまばらだったが、8月頃には1回で80人以上に増え、深刻さがうかがえた。こうした活動に躊躇せずに取り組むことができたのは、震災での活動経験が大きく影響していると強調する。「食糧支援で、何をどう調達するかを考えることは、災害ボランティアでの活動と似ている」
復興支援を続ける一方で、2019年に発生し緑区を中心に甚大な被害をもたらした台風19号の豪雨では同区在住の自身も被災を経験。がけ崩れなどで道が寸断されるなど交通インフラが断たれ、5日間ほど外出できない状態を余儀なくされた。知人が行方不明になり、亡くなる人も。周辺環境も、心理的にも緊張状態が続いた当時を振り返り、「犠牲者も出た。あれは紛れもなく被災地だった」と表情を曇らせる。いまだ修復されていない、がけの様子を見るだけでも心が痛む。
改めて災害時対応に思いを巡らせる。今年2月に発生した福島県沖を震源とする最大震度6強の地震も震災の記憶をよみがえらせた。あれから10年が経ち、防災意識の高まりは感じるが、自主防災訓練など自治会単位での活動への参加などは行動に移せていない人々が多いのも事実。民間による共助の大切さが問われる中、「2月の地震で、(被災した)東北でも家具が転倒する事故があったりする。頭でわかっていても行動が伴っていない」と警鐘を鳴らす。
防災力は「地域活動の総合力」
自治会活動の在り方にも言及する。理想とするのは自治会が自主防災組織を機能させることだが、全体的に都市部では自治会自体にまとまりがなく、機能しきれていない現状があるなど依然として課題を抱えている。防災面での自治会の差は「まとまりの差」と評した上で、自治会活動による防災力は「地域活動の総合力」に値すると断言する。日頃から防災訓練などを実施している自治会は常に意識が高く、連絡を取り合うといったコミュニケーションが充実し連帯感も強いからだ。
事実、自身が調査研究を行った、大船渡の海にほど近い赤崎地区では、「命を守るための学習活動」として防災訓練・避難訓練を積んでいたおかげで犠牲者の数が少なく、地区人口3926人に対し犠牲者は48人。犠牲率は1・2%だった。孤立した際の災害救助のヘリポート設置を意識した避難行動など住民主体の取り組みが奏功した。
住民主体で言えば、若者の地域活動への参加も課題に挙げる。とりわけ、中高生の参加が活動全体の活性につながるとともに、災害時に若い力が原動力となって高齢者を速やかに避難させることなども期待される。
各公民館の強化も指摘する。共助が重要とはいえ、自治体が積極的にまちづくりに関与する必要性に言及する。その上で、地力のある市職員が在籍する公民館は「強い」と言い切る。住民の学習ニーズの把握や社会教育計画の立案と事業の運営などを行う専門職員「社会教育主事(社会教育士)」を各公民館に早期配置することを望む。住民同士の交流機会が減少する中、強い公民館が主導し、自治会を中心とするまちづくりを後押しすれば、強力な自治会ができるものと信じる。
震災から10年。この間、多くの災害が起こり、誰もが被災者になり得る時代に直面した。「私たちは震災から多くを学ばなければならない」との言葉に自戒の念を込める。防災活動による危機管理のみならず、困窮学生への食糧支援などは自身が震災での活動を通じて培った即時行動が生かされた結果だ。震災によって防災意識は高まった。今度は人々がその意識を積極的な行動につなげる10年にするため、震災経験、そして被災経験を礎に、これからも提言し続ける決意だ。
1961年鹿児島県鹿児島市生まれ。東京都立大学人文社会学部教授。社会教育・防災教育を専門に、大船渡市など被災地での調査研究をはじめとした活動を続けている。