4人にインタビュー
第91回箱根駅伝を、10時間49分27秒の歴代最高タイムで制し、初の総合優勝を果たした青山学院大学(中央区淵野辺に相模原キャンパス)。本紙ではレースの興奮もさめやらぬ1月10日、同大町田寮を訪問取材。就任11年目で悲願を達成した原晋監督、4区で1年生ながら区間新記録を樹立した田村和希選手(1年)、5区山登りで柏原竜二さん(東洋大、現・富士通)の持つ区間記録超えの激走をみせた神野大地選手(3年)=人物風土記で紹介、7区で区間賞に輝く走りでリードを広げた小椋裕介選手(3年)の4人に話を聞いた。
レース楽しむ「笑顔」
選手たちに共通していたのは、レースを楽しむ「笑顔」。5区の神野選手は「走るのって、こんなに楽しいのかと思った」と振り返る。「最初は前を追うのに必死だったけど、追いついた後は冷静でした。始めから予定より早いペースで入っていたのですが、監督からリラックスしてのタイムだから調子が良い証拠と言って頂いた。山を登り切った所で柏原さんの記録より20秒早いと言われたときは『マジか』と自分でビックリ。これは凄いことになると思いました」
4区で区間新の田村選手も、「1年目なので失うものは何もない」と楽しんで攻めた。「実は時計のスイッチを最初に押し忘れてしまい、トータルの時間が分からなかったのです」と打ち明ける。「区間新は狙っていませんでした。チームの優勝だけを考えて、走り切りました」
笑顔でレースを楽しむ姿勢は翌日の復路組も同様だ。3度目の7区で区間賞を獲得した小椋選手は「6区の村井が去年は顔をぐちゃぐちゃにしながら来たのに、今年はガッツポーズで笑顔だった。励まされた」と話す。「最初の5Kmこそきつかったのですが、その後は体が本当によく動きました。サングラスをかけていたのですが、笑っちゃって、笑っちゃって。自分もずっとニコニコしながら走れました」
求め続けたスピード
原監督は創部96年、同大初の快挙に対して、「素直に嬉しい」と一言。一方で監督に就任して11年を振り返った時、2004年の就任当初に集めた「強化一期生」への思いがよぎる。箱根駅伝の出場さえ、ままならなかった時代。当時は「土壌が悪く、食事もダメで、マイクロバスさえ無く、選手個々への経済的負担も今よりあった」という。「本気で走りたいのに走れない環境だった」と原監督。「彼らには苦労をかけた。少しずつ積み上げてきました」
その中で就任当初からこだわったのがスピード。箱根駅伝は高速化すると考え、10年前から「11時間切り」を目標にしていたのだ。そのために力を入れたのが5千mのタイム。「5千mをしっかり走れない子が20Kmを走れるわけがない」。練習メニューを組み立てる上で、自身が中京大出身で箱根駅伝とは無縁だったことも功を奏した。「箱根駅伝だから30Km走を何本やらなければダメなど、伝統に縛られませんでした。白紙から物事を組み立てられた」と胸を張る。
男気ある男育てる
箱根を制した選手の次なる目標は出雲・全日本・箱根という学生三大駅伝全てを制覇する三冠。小椋選手は「僕たち3年生が入学したとき、4年時に三冠を達成すると話してきました。その気持ちは今もぶれていません」と意気込む。
一方、原監督の目標は教育者として男気のある男を育てること。「エースでも寮長でも自分の役割をしっかりこなせる人間を育てたい。そんな男気のある人間が育ったチームは自然と結果が付いてくるはず」と言い切る。数年前までは箱根出場さえ冗談だと思われていた同大。弱小から常勝へ。青学の黄金時代は今始まったばかりだ。
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