市内出身で毎年、自身の夏休みの一週間に東南アジアの各国に出向き、現地の医師らに医療技術や"誇り"を伝授する日本人医師の約12年間の活動を追ったドキュメンタリー映画「Dr・Bala(ドクター・バラー)」が完成した。撮影、監督を務めたのは同じく市内出身・アメリカ在住の映画監督、さらにプロデューサーが現在市内在住という、まさに町田が縁で誕生した作品が日の目を見る。
監督を務めたのはロサンゼルス在住の元俳優、コービーシマダ(島田公一)さん(47)だ。島田さんは成瀬台中、町田高を出て日大卒業後に就職するも、あることを契機に海外移住を目論んだ。「海外に行くならハリウッド俳優になる」と1999年、脱サラして渡米。俳優学校に通いエキストラなどを務めるもうまくいかない年月が続き、「それなら自分で作ってしまえ」と作品を制作する楽しみを見出したという。03年に自身の会社を立ち上げ、現在映画や企業PV、CM等の映像制作を行っている。
映画の主役、「ドクター・バラー」は成瀬台にある大村内科医院の院長の息子で東京慈恵会医大の耳鼻咽喉科医・大村和弘さん(42)だ。国際医療の第一人者、吉岡秀人医師の講演に心を打たれた大村さんが東南アジアで続けてきた国際協力の活動、いわゆる医療ボランティアを通じて、国を越えた人と人との繋がりや、そこで繰り広げられる約12年間のドラマが1本の映画に収められた。「バラー」とはビルマ(ミャンマー)語で「力持ち」という意味。大村さんは医療だけでない様々な「力」を発揮し、現地の人たちに力を与えていることから、愛着を込めてそう呼ばれている。
2人をつないだのは、アメリカでのラグビー。大村さんのUCLA留学中に同じチームでプレーし、「町田出身」ということで意気投合。大村さんの国際協力活動を知った島田さんが、現地に同行し、撮影を開始した。「『国際協力が趣味』と言っている面白いお医者さんが、自分の夏休みの一週間を使って毎年東南アジアへ医療ボランティアへ通い続けている。そして12年かけて東南アジアの医療を変えてきた姿をこの目で見て、記録してきた。これは世界へ発信すべきです。町田から世界へ」と島田さん。
12年間情熱を燃やし続けてきた2人の取り組みは周囲にも影響を与え、日本全国から医師、看護師、医学生が大村さんの活動に賛同。またフォトグラファーや脚本家、CGクリエイター、作曲家らが島田さんの熱意に共感し、年々このプロジェクトへの参加者が増えていった。その中に市内在住のプロデューサー、馬詰正さん(52)がいた。別の仕事で、やはり「町田」つながりで仲良くなった2人。島田さんに200時間以上の映像の編集を託された馬詰さんは「単なるテープの切り張りでなく、立体的な積み木を崩さないよう整える感じ。壮大すぎて簡単ではなかった」と振り返る。編集した映像はアメリカやインド、フランスなど各国の映画祭に出品。現在4カ国で入賞やノミネートされている。
大村さんは「この作品はコービーさんと馬詰さんの"国際協力"の形だと思います。私の1年に1週間だけの活動が、映像として残ることで、現地の人にとって次の1年の間が埋まる大きな力になっている」と話す。
3月いっぱいで日本を発つ島田さん。町田での上映を模索したが叶わず、映画は希望者に動画共有サイト「YouTube」で見られるパスワードを渡す形に。件名に「閲覧希望」と書いてdrbala@kobypics.comにメールを。
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