―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第1回 作者/前野 博
1.八王子空襲の夜
「キミちゃん、ここは危険だわ。もっと向こうの山の方へ逃げよう」
昭和二十年、八月二日になったばかりの深夜のことであった。八王子の上空は、アメリカ軍B29爆撃機の大編隊に覆われた。突如として、焼夷弾が雨霰の如くに、八王子の町に降り注いだ。町は瞬く間に火に包まれた。爆撃はしつように繰り返され、三時間近くも続き、市街地は全くの火の海と化したのであった。
隆の母、大野キミは、その時、二十三歳であった。
「キミちゃん、こっちへ来なさい。ここなら大丈夫よ!」
隣の家のおばさんが、防空壕の入り口から顔を出し手を振って、キミを招いていた。
「由江ちゃん、隣のおばさんが呼んでいる。あそこへ行こう」
キミの体はガタガタと震えていた。
「町の中にいては、駄目よ! あの山まで逃げるのよ。空を見て!」
由江が空を指差した。
B29爆撃機から投下された照明弾により、八王子の町も空も明るく見通せることができた。爆音を響かせ、数え切れない程のB29爆撃機が空を覆いつくしていた。
ザッザッザッーと凄い音を立てて、空から焼夷弾が降ってくる。爆発と同時に猛烈な炎が飛び散った。べたつく粘液が火を噴きながら四方八方の家を炎に包んでいった。ガソリンの臭いが充満していた。更に、B29の爆撃は連続した。
落下する焼夷弾が空の中途でパッと分解すると、子どものような小型焼夷弾が無数に飛び出し、バラバラと地上へ向かって突進してきた。
この小型焼夷弾は、直径五センチ長さ三十五センチほどの六角棒状のM50というテルミット・マグネシュウム焼夷弾であった。親のM17集束焼夷弾が空中で分解すると、内蔵された百十本のM50焼夷弾が落下を開始する。M50焼夷弾の後尾には、垂直に落下するようバランスを取るために、リボンが取り付けられていた。
〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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