初の遺品展を開催した八王子市遺族会の会長を務める 富田 喜代志(きよし)さん 台町在住 78歳
二度と「遺族」を出さない
○…3歳の時に一級建築士として働いていた父親が出征した。翌年、沖縄戦で戦死。「手紙は全部で32通。その年の2月24日の消印が最後でしたね」。限られた面積にびっしりと文字が並ぶ。「几帳面な性格だったことが読み取れます。絵葉書の場合は、手紙の宛名を子どもの名前にしてくれているんですよ」。まじめさの中に優しい気づかいも垣間見えたという。
○…小学校ではクラスに1人か2人は必ず戦争で親を失った子がいた。終戦から4年ほど経った小学校2年生のときのこと。戦死したはずの旧友の父親が突然帰ってきたことがあった。「『自分の父親も帰ってこないかな』と思いましたね」。高校、大学をで学ぶかたわら経理事務所に勤めた。「父の遺言では工科系に進んでほしいようでしたが、縁があって勤めるようになり、今でも現役です」
○…母の入っていた遺族会に入り、その年に結成された青年部の副部長を務めた。青年部は子ども・孫世代にも活動の意義を知ってもらうことが目的だった。「戦後74年が経ち、会員の平均年齢は80歳を超えています。多いときは2000人いたが今は700人に減りました。慰霊を継続するためには世代交代が必要」。今回のイベントも、若い世代に興味を持ってもらうためだった。
○…イベントでは遺族が持ち寄った遺品を通じて戦争の悲惨さや平和の尊さを訴えた。「国のために尊い命を捧げた英霊に対する慰霊活動は、遺族だけが担えばいいというものではないと思います」。かすれた手紙の文字は内容が伝わるよう、改めて書き直したものを近くに置くなどわかりやすい展示にした。広く一般に知ってもらい、会に参加してもらうことを願っている。「戦争が起これば、再び遺族も生まれる。そうはならないように」
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