―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第10回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
隆が時々、様子を見に行く。
隆の妻は、もうキミがこの家に戻ってくることはないのだから、処分したらどうなのかと言う。施設の費用はだいぶ掛かるが、今のところ何とかやっていける。隆は、キミが生きている間は、この家はこのままにしておきたいと思っていた。
隆は、二階の階段の入り口の前に、自転車を止めた。一応念のためだと思い、階段を登ろうとして、上を見た。誰もいないはずの、二階の母の部屋の灯りがついていた。先日、部屋の様子を見に来た時、電気を消し忘れたのかと隆は思った。少しずつ自分も老耄の気が出てきているのかとイヤな気持ちになった。
「山野さん!」
隆の後ろで声がした。隆の姿を見掛けた、洋品店の店長の大場さんが、店から出て来ていた。
「お母さん、お帰りになったんですね。お元気そうで、良かったですわ」
「えっ、本当ですか?」
まさかと思った。隆は、信じられなかった。念のためとは思ったが、九十九%あり得ないことだと思っていた。
「あれっ、山野さん、お母さんが帰ってくるの、ご存じなかったのですか?」
「いや、施設の方から、母が帰るなんて、聞いていなかったもので」
母が行方不明で探しているところだとは、店長の大場さんには話せなかった。隆は、まだ信じられなかった。
「本当に母でしたか?」
「そうでしたよ、確かに山野さんのお母さんでしたよ」
隆の強い口調に、大場さんは、一瞬、戸惑ったようだが、はっきりと言った。
この家から施設までは、三キロメートルはある。一人で歩いて来たのだろうか? 店長は続けた。
「それに、お母さんに付き添いの方が一緒でしたわ。最初、山野さんの奥さんかと思いましたが、良く見ると、若い女の方でした。介護施設の方なのかなと思いました」
〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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