―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第12回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
隆は、ソファに横になっている、キミの体を起こそうと、背中に手を回した。すると、キミがぱちっと目を開け、隆の顔をじっと見た。
「由江ちゃんは、まだ戻って来ないかい? 買物に行ってくると言って出て行ったんだけどね。
由江ちゃんと一緒にいると、本当に楽しいわ。今日は、良いお天気だから、お散歩しましょう。そして、キミちゃんのお家に行って、お食事しようって!
どうしたのかね、由江ちゃんは? 遅いね」
―えっ、この家まで母を連れて来たのは、由江なのか?
若い女の人が母に付き添っていたと、大場さんは言っていた。隆はきっと通り掛かりの若い女性が、心配して親切に母をこの家まで連れて来たのだと考えた。母はその女性のことを由江だと思い込んでいる。母のせん妄がまた進んだのかと隆は思った。
「隆、眠い、本当に眠いわ!
布団の中で、眠りたい。眠い!」
キミは目を閉じると、すぐに寝息を立て、眠りの世界に入っていった。隆は背中に回した手に力を入れ、キミを抱きかかえ、キミの部屋へ入り、ベッドに横たえ、布団を掛けた。部屋の中は、ベッドもポータブルトイレも、キミが施設へ移る前と同じにしてあった。キミは身動き一つしなかった。深い眠りに入ったようであった。
隆は応接間に戻り、施設長の太田に携帯をかけ、明日の朝、自分が連れて帰る旨を伝えた。そして、妻にも今日は家に帰らず、母の家に泊まると連絡した。
5.学童疎開
八王子と周辺の町や村には、品川区の国民学校初等科の三年生から六年生までの学童六千五百名が移動し、集団疎開を実施していた。
当初は、地方に親戚等がある家の子どもを疎開させる縁故疎開が中心であった。だが、戦局の悪化により、本土空襲必至の状況となった。
〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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