―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第13回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
日本全国で六十万人の学童の集団疎開が開始された。東京区部では、二十万人の学童が、宮城、山形、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、新潟、静岡、山梨へと分散して、集団疎開が実施されたのであった。
「もう、着きますよ。あそこに見えるのが、僕と子ども達が暮らしている隣保館です」
村上が指を差した。
広場で遊んでいる子ども達が、近づくトラックに気がついたようだ。
「おおい! 食料を運んで来たぞ!」
村上が立ち上がり、手を振った。
「村上先生だ! 村上先生だ!」
子ども達の歓声が聞こえた。トラックが到着すると、子ども達が一目散に集まって来た。
「さあ、みんなで手伝って、炊事場へ運んでくれ」
村上は数人の大柄な男子をトラックに引き上げ、食料の運搬を任せた。
由江と三人の理容師は、素早くトラックを降りた。キミは何となく、トラックの上に取り残される感じになった。キミは、トラックを降りようとして、下を見ると、意外と高いので、一瞬、足がすくんでしまった。
「後ろ向きに降りるようにするんだ。そう、そこへ、足をかけて」
村上が、トラックの下に来ていた。
村上の手が、キミの胴をぐいっと掴んだ。
キミの体が宙を飛んで、地面に着地した。
村上は小柄なキミを、女子の児童を取り扱うような気持ちで、抱きかかえたのかもしれない。
キミの体に、村上の力強い感触が鮮明に残った。瞬間の出来事であったが、キミには、時間が暫く止まっていたかのように思えた。やがて、キミの心臓がドキドキと音を鳴らし始めた。由江と三人の仲間はあっ気に取られ、その様子を目を丸くして見ていた。
「みんな、集まれ。今日は、八王子の床屋さんが、みんなの髪の散髪に来てくれた。先生達の痛い散髪ではなく、優しくきれいに散髪してくれる。みんな、感謝の気持ちを込めて、挨拶しよう」 〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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