人文書や社会問題に関連する書籍を刊行する、八王子市堀之内の「株式会社堀之内出版」が業界内で存在感を増している。大手と異なり、わずか3人で運営する小規模出版社。今年、創業10周年を迎えたところだ。
ブラック企業紹介
八王子市の京王・堀之内駅から徒歩およそ10分。4階建てマンションの一室に堀之内出版はある。社名はもちろん、その所在地から。創業のきっかけは会社設立前の2008年に創刊した労働・貧困問題をテーマに扱う雑誌「POSSE(ポッセ/年3回)」。ポッセについて、同社編集・営業担当の鈴木陽介さんは「日本で唯一、若者の労働問題を扱う専門誌。13年にブラック企業を告発したことで、広く知られるようになりました」と話す。当時、ブラック企業という言葉は「ネットスラング程度」であまり一般的ではなかった。「それを社会問題、企業が若者を使い潰すような働き方をさせている問題として紹介しました」。その後、ポッセを発行していたNPO法人の代表がブラック企業についての新書を出したことで、その言葉は多くのメディアで取り上げられるようになった、と鈴木さんは説明する。そして、そのポッセを「安定的に発行」するため、会社を興し、「ポッセ(労働問題)だけでなく、社会科学の本も出していこう、と始まりました」。雑誌でつながりが生まれた研究者らの活動を発表し続け、この10年間でおよそ40の単行本を刊行した。
一冊一冊しっかり
鈴木さんは大学時代に労働問題について学び、ポッセの勉強会に参加したことを契機に同社に入社した。「小さな出版社なので大変なことはありますが、一つ一つの企画にしっかり取り組めるのが魅力です」と、その働き甲斐について話す。では、作家に対してはどうか?「出版して終わりでなく、我々はその後が大切だと考えています。書いて頂いた方の役に立ちたいと思っています」。鈴木さんは作品情報をSNSなどでこまめに発信する一方、都内の書店などをまわり、「一冊一冊をきちんと売っていこうと考えています」
その地道な取り組みの成果もあり今年、創立10周年を迎えられたと考えているという。「これだけ本を出すことができて、業界内において、社会科学のジャンルではよく知られる存在になりました」と鈴木さんは満足気。そして、鈴木さんがこの間で最も印象的な出来事と挙げるのが、18年の単行本「大洪水の前に」の刊行だ。
百年後も読まれる
書いたのは現在、20万部のヒットとなっている「人新世の『資本論』」(集英社新書)の著者、斎藤幸平さん。斎藤さんは1987年生まれの哲学者であり経済思想家。大阪市立大学の准教授でマルクス経済学を専門とする。斎藤さんは大学院生のとき、ドイツの反原発運動などについてポッセに寄稿をしていた。「大洪水の前に」は、その縁もあり同社から発行され、内容はマルクスの環境思想について。この書籍は18年に、マルクス主義の研究において最も栄誉があるとされる「ドイッチャー記念賞」を日本人で初、歴代最年少で受賞した作品の翻訳版。鈴木さんは「弊社にとって最大のヒット」とし、「受賞をした作品なので歴史に残るものになりました。100年後も読まれる本です」と自信をもっている。また、「30代の斎藤さんのように若い優秀な研究者を発信していくこと。これが堀之内出版でやっていきたいことであり、『大洪水の前に』はその点において、最高の形になりました」と喜ぶ。ある書店ではベストセラー「人新世の〜」と一緒に平積みされていた。
問題意識広げたい
「伝えたいことがたくさんある」―。10年前の創業の意義をたどるとそこに行きつく。出版された本が読まれることで問題意識を持つ人の輪が広がれば、と鈴木さんは強く願う。今後については「Z世代」と言われる1990年代後半から2000年代前半にかけて生まれた若者に「書ける場」を提供していきたいとしている。「政治、経済、生活についても『これ、おかしいよね』ということがたくさんあると思います。その共感を広め、その先の社会が良くなっていくといいですね」
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