鶴牧出身の会沢陽之助さん(45)が監督を務める実業団駅伝チーム「コモディイイダ陸上競技部」(北区)は3日、東日本の予選を突破し来年の元旦に行われるニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝競走大会)への3大会連続の出場を決めた。スーパーマーケット店員の有志が同好会として発足させた陸上部を会沢さんは監督として日本一を競う駅伝に出場できるまでに育ててきた。
会沢さんは南鶴牧小、鶴牧中学校を卒業後、調布市にある高校に入学。そこで陸上部へ入部し、長距離競技にのめり込むように。大学は箱根駅伝の常連校、東海大学を選び、ランナーとして活躍してきた。スーパーマーケットを運営する(株)コモディイイダ(北区)に入社したのは1998年。同好会としてあった陸上部に入り社会人となってからも市民ランナーとして走り続けていたが、転機となったのが人事部に配属された入社8年目の時。学生の採用活動にあたるなか、箱根駅伝に出場経験のある学生が自社に数人入社するのを見て、「これで陸上部が強くなる。日本一の駅伝大会に出場することができれば広く会社をPRできるのではないか」と会沢さんは考えるようになったという。
走る環境整備
社業に専念しながら陸上部のコーチ業に力を入れるようになった会沢さんがまず着手したのが、選手らの走る環境の整備。より多くの練習が積めるように選手の勤務時間の短縮や寮の整備などを会社に提案し、受理されて陸上部が「会社公認」となっていくと実業団チームとして本格始動するように。大学生ランナーらの勧誘が進み、力のある選手がそろった2009年からはニューイヤー駅伝の予選となる東日本大会に本格参戦するようになった。
ただ、チーム力が高まることは同時に苦難の始まりでも――。予選通過まで「次点」となることもあったがニューイヤーへの道のりは険しく「あと一歩」の状況が数年続いたという。部の監督に就任した会沢さんはその間もケニア選手の獲得、選手の勤務時間の更なる短縮を図るなど、「やれることはやってきたが、なかなか思うようにいかなかったですね」と振り返る。
20年に初出場
状況が一変したのは19年。怪我をさせないことを第一にしてきた練習の効果が見え始めてきた。実業団チームとしては新参者。有力選手の勧誘が思うように進まないなか、大学時代に怪我などによって結果を出せなかった選手にじっくりと練習を積ませることで各々の力を高めさせてきたことがタイムにも表れるようになってきていた。そして、登り調子で迎えた予選大会。正月の出場権が得られる12位に入り、ニューイヤーへの初出場が決まった。
会沢さんは「これまで生きてきたなかで一番うれしかったかも。結果を出せず、チームを離れたり、辞表を出したこともありましたね」と当時の喜びを話す。チームを見守ってきた同社の飯田哲生・総務部部長は「会社の創業100年の年に決めてくれた。会沢監督が粘り強く取り組み続けてくれたおかげ。駅伝チームの活躍は会社に一体感を生んでくれていると思う」と話している。
チームは今年の元旦も走り、今回で3大会連続の出場となる。会沢さんは目標を25位前後とし、「そうすればテレビに映る可能性がある。これまでは30番代だが、みんなが力を発揮できれば可能な順位」と現在就く社の広報担当としての顔をみせ、「多摩の皆さまにも応援してもらいたい。うちのスーパーは多摩に3店舗ある。ご利用頂ければ」と話している。
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