徒然想 連載288 花のお寺 常泉寺 住職・青蔭文雄
今月は、少年、父を捨てて他国に奔(はし)る。辛苦、虎を描いて猫も成(な)らず、です。
出典は『良寛全集』。江戸時代の禅僧大愚良(だいぐりょう)寛(かん)の言葉です。
意は、若くして自分は父の許しを得ずに出奔して、他国で修行を積んだが、苦労を重ねた甲斐もなく、虎を描いても出来上がりは猫にもならない、ということです。
知人の阿部定珍氏宅を訪ねた折に即興で詠んだ漢詩の前半です。後半は「箇中の意志、人倘 (ひともし)問わば、只惟(こ)れ従来の栄蔵生」です。この詩は同氏宅に遺されています。
栄蔵とは良寛の幼名で後半部分は、虎を描いても猫にもならない自分の今の心の中を誰かに問われたら、自分は出家する前の栄蔵そのままだと答える、といっています。
栄蔵が出雲崎(いずもざき)を出奔して尼瀬の光照寺に入ったのは18歳の時といわれています。そして22歳の時に名僧・国仙(こくせん)和尚に随って玉島の円通寺に赴き、34歳まで修行に励みました。43歳でふるさと越後に帰るまで、諸国を行脚(あんぎゃ)して厳しい禅の修行に打ち込みました。晩年は周知の五合庵で独り暮らし、生涯、富や権力や名声と無縁の生活を送り、数多の漢詩、和歌、そして崇高な書を遺しています。虎を描いて猫にもならなかったとは、良寛らしい響きを持っています。
桃蹊庵主 合掌