徒然想 連載319 花のお寺 常泉寺 住職・青蔭文雄
一般的に「神無月」と呼ばれる十月ですが、出雲(島根県)では「神有月」と呼ばれます。
今月は、何かをして、後で後悔し、その結果に涙を流して泣くのは悪い行為であり、反対に後悔することなく、うれしく、楽しくなるような行為は善い行いだ、です。
出典は、インド、原始経典『ダンマパダ』六七〜六八。
釈尊が善・悪をどう説いたかというと、それを行って後で悔いることのない行為が善だと説いています。善・悪を絶対的な基準を作って決めるのではなく、自分自身がどのように受け止めるかによって決めるということです。
釈尊は人生の不安、苦悩の原因は欲望からと教えています。私達は常に「ないもの」を欲しがり、「限りなく」欲しがる。それを「ないものねだり」だと説いています。これだけ豐かな社会になりながら、私達は「限りなく」ねだり続け、もっともっとと欲しがりながら、様々な欲求不満に悩みだす。これでよいと満足することはありません。
大切なのは、仏教の教えに従い「心の平安」を求めて「善」を行う行為をすることです。このことが宗教的な良心に立ち戻りつつ、主体的に善悪を選び取っていくことだと、師は教えています。
桃蹊庵主 合掌