「市制50周年記念 平和祈念 被爆ピアノコンサート」の実行委員長を務めた 高松 京子さん 高森台在住
すべての出会いに感謝
○…広島に投下された原子爆弾で被爆した一台のピアノ。そのピアノの調べに乗せ、平和を祈念するコンサートを3月13日に伊勢原で開催した。東日本大震災があった2011年には、中沢中学校での開催にも尽力。地元では2度目となる開催に、「協力してくれた方々に感謝の気持ちで一杯。私一人では到底無理だった」と話す。
○…東京都出身。歌が好きだった両親の影響で、幼い頃から歌うことが好きになった。3歳の時に父親がピアノを購入してくれたことを機に習い始め、将来の夢はピアノ講師だった。しかし音楽を学ぶにつれ気持ちが変化。プロの音楽家をめざし、昭和音楽大学に進学。その頃に伊勢原に移り住んだ。卒業後はレッスンを重ねながらさまざまな仕事に就いたが、33歳の時に腹膜炎をおこし入院。生死をさまよった。病院の検査室でクラシックが流れて来た時、「生きていることへの感謝と生きる希望が湧いてきた。音楽に命を救われた」としみじみ語る。
○…被爆ピアノとの出会いは2011年。全国にピアノを運んで開催していたコンサートだった。そこで管理者の調律師と出会い、ピアノへの思いを聞く。さらにピアノが、父親が娘のために購入したものだったことに自分と重ね合わせたという。「いつか伊勢原での開催を」との思いが通じ同年11月に実現した。「人との出会いに恵まれて開催できた。後先考えずに進んでしまう面があり、いつも周りに助けられている」と笑う。
○…声楽家で、ボイストレーナーとしても活動。地元の高齢者が集うミニサロンでは、20年間歌やミュージックベルを教える。「中学生の頃から人の役に立ちたかった。保育士だった母の影響かも」と自らの原点を懐かしそうに語った。