生蘭高等専修学校の新校舎が、小園にある同校グラウンド横に取得した土地に完成し、寺尾西の旧校舎から移転した。4月6日に入学式を新校舎で執り行い、新学期から本格稼働。小園から始まった「生蘭」の学び舎が、始まりの地に再び戻った。
生蘭高等専修学校は、新しい時代に新しい職業教育を行い人間性豊かな人材の育成をすることを目的に、1983年に開校した。総合ビジネス科を設置し、現在約400人の生徒が通っている。
移転の大きな理由は、耐震性による生徒の安全確保。古い耐震基準で作られた校舎に補強工事を行うより、新校舎を建てた方がより安心して学ぶことができるだろうという配慮からだった。
また、当初は生徒数40人〜80人ほどで、現教室の多くがテナント用の部屋だった。生徒数増加に合わせリフォームしたためロッカースペースがないなど、教室として不便な面もあった。
他にも建物内併設の体育館が手狭になり入学式や卒業式を1度に行うことが出来ず、海老名や大和などの外部施設で実施していた。「迎えと見送りの式を、自分たちの学校でしてあげたいとずっと思っていた」と宇野政信校長は思いを語る。
始まりは明治
「生蘭」の名が初めて登場したのは、1880(明治13)年。国分学校・大谷学校再編の折、小園・寺尾・早川村を学区とする綾瀬初の公立学校として、生蘭学校が延命寺(小園地蔵堂)に設立された。校名の由来は、「最も新しい蘭学」という意味が込められたと伝わっているという。
これを、笠間治一郎現理事長の4代前である笠間治郎左衛門氏が、1886(明治19)年に寺尾西の納屋に移転。綾瀬村風土記には「地坪捨五坪、建坪八坪、座敷坪数捨六坪、借家にして木造二階家、草屋根なり、生徒男四捨名女弐捨名教員三名」と記述されている。
その後、生蘭の名は一度途絶えるが、先々代の笠間正治氏が幼稚園建設に伴い法人名として復活。高等専修学校設立時に「生蘭」を冠した。
学習環境向上へ
新校舎は4階建てで、各教室がこれまでより広く設計されている。また、移動が必要だったグラウンドが隣接し、体育館も全校生徒が入れるほど広くなったため、部活や体育の授業の効率も良くなるなど様々な面で環境が向上している。
宇野校長は「学習環境が生徒の学習意欲に大きく関係するという事実を考える時、今回の新校舎への移転で生徒がさらに前向きに学習・生活に取り組んでくれることを楽しみにしています」と、期待を寄せた。
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