国道16号の田浦付近から西の方角へ歩いて約20分、車1台がやっと通れる道を進むと、窯の煙が空にひとすじ-。ここは、横須賀市が展開する「アーティスト村」。11月下旬には敷地内の穴窯で夜を通して火をくべ、陶器を焼成していた。鳥のさえずりが響き、この空間だけ時間がゆっくりと流れる-。
初めてここを訪れた印象を「自然に囲まれていて昭和レトロ、炭鉱町のような雰囲気に魅力を感じた」と話すのは漫画家・小説家の折原みとさん(逗子市在住)。昨年7月、この地にアトリエとコミュニティスペースを整備し、横須賀を舞台にした小説を手掛けていくことを市と発表した。
”空気感”に一目ぼれ
小高い山に囲まれた約7300平方メートルの敷地、かつて一帯は、「温泉谷戸」と呼ばれていたという。この場所に1950年代後半から60年代前半に建てられたのが、平屋の市営住宅(温泉谷戸住宅)。老朽化により2018年に廃止となったが、市は谷戸の独特な雰囲気を活かし、創作活動や地域交流の場として住宅を改修・再生する事業を始めた。地元住民との交流に意欲的なアーティストを誘致し18年に陶芸家の薬王寺太一さん、19年には藍染めや草木染めなどを手掛ける山本愛子さんが「村」に入居。3人目が折原さんだ。
「海の近くで暮らしたい」と、都内から逗子に居を構えて20数年、少女漫画やティーン世代向けの作品に加え、近年では鎌倉や逗子、葉山など湘南の街を舞台にした長編の恋愛小説も手掛けている。一昨年のはじめごろ、「次のストーリーの場所を」と下調べで足をのばしたのが、アーティスト村だった。
「私の中での横須賀は『港町』のイメージだったけど、また違う顔があった。同じ三浦半島でも、逗子とは異なる空気感」。谷戸の路地を見回しながら歩いていると、気遣って声をかけてくれる人や地元のことを説明してくれる人も。「住む人の息遣いが感じられる街。昔ながらの人情が軽やかに保たれている。ほんの1日の間に温かい出会いがたくさんあった」。ここでの創作イメージが膨らみ、横須賀市に「村」での活動を直談判。恐るおそるだったが、歓迎の意を示してもらえた。
谷戸から発信するストーリー
昨年秋ごろから、現地で少しずつ活動を始めている。まずは、平屋の建物の改修に着手。現状の居室は何もない板張りの状態で、外壁のペンキ塗りからスタートしている。実は、出身地の茨城県で古民家を再生して地域に開放している「実績」も。”昭和レトロ”な家具を少しずつ集めながら、”地域交流”の活用イメージを巡らせている。
執筆は、軸となる舞台を決め、現地での取材や地元の人との何気ない会話から物語を膨らませていくスタイル。それだけに、この場所の「コミュニティスペース」は重要なポイントだ。「より横須賀の街と人を深く理解できるはず」と期待を込める。今は、自宅のある逗子を中心に茨城、八ヶ岳の3拠点を行き来する生活だが、これに「横須賀の谷戸」が加わる。「ここは、ほかの3カ所とも重ならない居心地の良さがある」。都内で暮らしていたデビュー当時は、昼夜も分からないほどのハードワーク。郊外は「夜が早くて健康的。もう都会には戻れない」と、生活スタイルも一変した。愛犬とともに、自然に囲まれた各所の環境を満喫している。
葉山を舞台にした長編小説「幸福のパズル」(19年刊)は、3年がかりの大作。筆を進めるにつれ、「人や場所に愛着が湧いてきた」と折原さん。次は谷戸から、どのようなストーリーが紡ぎだされるのか―。「街に愛を込めて書いていきます」
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