三浦の散歩道 みうら観光ボランティアガイド協会
「スランプ構造」の石壁を見て、再び信号のある三叉路まで戻ります。左手の坂道を行きます。坂の途中左側に「白秋文学コース【4】屁っぷり坂」の表示板があります。平成四年一月に三浦市が立てたものです。次のように記されています。「相模のや三浦三崎は屁の神を赤き旗立て祭れるところ」「ここ過ぎて幾たび涙落しけむ一尺の赤き鳥居の光」と白秋の短歌を二首示して、「この坂は急勾配の赤土で、雨のあとなど滑らないように、這うようにして登るので腹に力が入って思わず放屁(ほうひ)をしてしまったのかもしれません。」とあり、「正しい名は尾上(おがみ)坂と言い、かつて源頼朝が歌舞島に遊覧した際、三崎の人達はこの坂の上から拝(おが)んだのだともいわれています。」と書かれています。「尾上(おがみ)」は「拝(おが)み」であったのですね。
坂を上がった左手が現在尾上町と言い、右手が天神町です。かつて坂の上に小さな天満宮があったと言われています。坂を上がりきって三叉路に突き当たります。右へ進むとバス停「天神町」にぶつかります。昔は「諸磯入口」と呼ばれていた所です。
左へと向かいましょう。五〇メートルも進むと、右へ降りる坂があります。曲り角に石碑があります。表に「諸磯遺跡」とあり、裏側には次のように刻されています。「ここ新堀白須屋志倉(しらすやしくら)にまたがる台地一帯をいう。縄文前期の諸磯式土器の標準遺跡として有名である。また西南隅からは竪穴式住居跡も発見された。」とあり、昭和五十二年三月吉日、三浦市教育委員会の名があります。
今、尾上坂を上がって東西に広がる台地に来ました。その左手一帯に紀元前三千年も以前に人が住んでいたのです。
碑を左手に見て、やゝ右へカーブする坂を下ってみましょう。前方に大きな建物が見えてきました。老人ホームのようです。建物を右に見て坂を下りきると畑です。その手前に大きな看板が目につきます。「国指定天然記念物 諸磯隆起海岸 入口」と三行に書かれています。
キャベツ畑の横、車が数台駐車している脇を進むと立て看板と共に横に数メートルに及ぶ岩盤の露出している様が目に入ってきました。畑の後ろ、山裾に見ることができました。「諸磯の隆起海岸」です。
市教育委員会の解説によりますと、所在地は「三崎町諸磯字石打七八九。崖面に穿孔貝の巣穴がある。この巣穴は、水平に数段並んでおり、地震により段階的に隆起した過去の汀線位置を示している。」とあり、昭和三年三月二十四日に天然記念物として指定されたということです。そう言えば、畑近くの電柱に海抜3mの標識があり、この奥まで海が入りこんでいたのでしょう。
畑の脇の道に沿って流れる小川をさかのぼって歩くのも風情があり、竹やぶの中に「筍の栽培中」の文字が見え隠れしたりします。行き先きは湿地になって行き止まりとなり残念ですが元へ帰り、坂を上がって、「諸磯遺跡」の碑前に出て左に曲がり「天神町」のバス停に出ることで、このコースは終わりとします。
つづく
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