三浦の散歩道 〈第41回〉 みうら観光ボランティアガイド協会
金田山地蔵円福寺は三浦七福神のうち「金光恵比寿」を祀る寺院でもあります。山門を抜け、本堂に達する参道の前に大きな槙の木があります。幹の中央部が、ほら穴状になっています。しかし、耐えて緑の葉を繁らせています。その先の公孫樹が2本。これも根廻りが太く、立派です。本堂へ上がる階段の下、右側に石碑があり、表面に、「寄贈庫裡建築金、金弐百万円、霊友会長、小谷喜美先生」、裏に「昭和34年7月12日 金田山24世代」と刻まれています。霊友会の小谷会長は、この地「金田」のご出身ということで、当山に先生の墓所もあるということです。
大伽藍の本堂の向拝(拝殿正面の前に張り出した所)の正面上部桁の間に、玉を持った龍の丸彫りは見事です。房州系の彫師によるものと思われます。両端の象鼻もすばらしいものです。さらに、この寺の本堂の軒下には十二支が彫刻されています。正面の「金田山」扁額を挟んで左へ、酉、戌、亥が彫られてあります。
本堂の右手、東側へ回ってみると、奥の方から順に、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申の姿が見られます。また、目を上の方に移しますと、なんと、「力士」が大屋根を支えているさまが見えるではありませんか。本堂の外周の彫りものだけでも、みんな、みごとなものです。未だ、本堂の内へ入ったことはありませんが、内外陣の欄間の彫刻は、繊細で、かつ、荘厳さをもったもので、高い芸術性の高いものだと言うことです。昭和56年1月10日に、市の文化財に指定されています。「地蔵菩薩立像」は本堂の右側に祀られています。『三浦の文化財』第20集によりますと、「この像は像高97センチ、木造寄木(よせぎ)造り、玉眼嵌(かん)入の立像で、面部、肉身部及び手先は漆箔(しっぱく)で、衣文部は彩色が施されている。形状は比丘(びく)形、(注僧侶の姿形)で法衣の上に袈裟(けさ)を重ね、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠を持って立つ通形の姿である。(中略)その衣制のひだは腹前や袖口にかかり、その複雑な衣文処理の彫技は、宋風の強い影響をとり入れたもので、鎌倉地方仏師により制作されたものであろう。
本像の制作年代は室町も極く初期頃から、南北朝期にまでのぼり得る像としては、三浦では唯一のものであり(後略)」とあります。なお、『新編相模風土記稿』円福寺の項に、次のように書かれています。「本尊阿弥陀外に地蔵を安ず、運慶作、古庵室たりし頃の本尊なり、天文已後(いご)別室に安置せしに、後(のち)廃頽す、当寺古は海岸に在て地蔵院と号せし庵室なり、天文17年(1548)、此地に引て一寺となせり、開山伝設天蓮社行誉と称す、永禄3年(1560)8月15日卒」とあります。
つづく
「チェルSeaみうら」徹底解剖6月21日 |
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