三浦の散歩道 〈第45回〉 みうら観光ボランティアガイド協会
山王社の境内には小さな「やしろ」が2つ、左側に稲荷社で1メートルほどの高さで朱塗りの観音開きの妻入型の祠があって、庚申塔2つを間にした社が山王社の祠です。高さは1・4メートル程の石造りの新しい祠です。いちばん右に見えるのが市内で3番目に古い光背型文字塔と言われる庚申塔です。塔の高さは99センチ。幅は中央部で38センチ。正面中央部に「鑑奉造立庚申供養塔」その下に「施主」とあり、横に「敬白」と彫られています。面の右側に「現世安穏後生善処」、左側には「諸願成就皆令満足」とあります。このように造立の目的がはっきりしているのは、めずらしいことです。いちばん左側に「干時万治二年己亥九月二日」とあり、今から354年も前の1659年の造立です。塔の右下に「祈願主岩野長左門、同庄七、同勘三郎、同平十郎、同国太、同長二郎」の6名、左側に「深瀬長一郎、田村作兵衛、岩野忠兵衛、同捨二郎、同五郎八」の6名で合計12名の方々が苗字を付けて記されています。
山王社の境内地は緑の木々にかこまれた余り広くない所ではありますが、神霊の宿る雰囲気をもった所です。山王信仰とは比叡山に鎮座する延暦寺の守護神です。その山王神は、遠くインドではクンビーラ(金毘羅神)中国で天台山の鎮守明神として、そして日本では天台系の仏法の守護神として祀られているのです。天台では「三」を非常に大切にするということで、「三諦(だい)円融」という言葉や「一心三観」の表現もあるとのこと。「山王」の2文字は、それぞれ縦の三本棒と横の一を加えたのと、横の三本棒に一を加えたものの形ですね。これはまさに「三諦(だい)(三つの心理)」を表わしています。そして「心に観ずる『一心』」を入れると「山王」になります。また「山の神」は「水の神」でもあるのです。春に里に降りて「田の神」となり、秋の刈入れがすむと山に帰って、元の神に戻ると言うのです。山王二十一社とも言われる程、多くの神が祀られています。山王社を拝んで、以前の坂道を少し下ると、右へ入る道があるので、そちらを進んで行きます。右側に畑があり、その後方が広く開けて遠くに墓地などが見えます。福寿寺の墓地でしょうか。さらに進むと道は右へと向き、急な坂になります。下って行きますと、狭い道幅の四辻へ出ます。右へ進みます。やがて右手に長屋門が見えます。目的の「福寿寺」は真近です。門前に「三浦札所七番、正観世音菩薩」と記された石柱が建っています。ここの御詠歌は次の如くです。「岩ぶちにふかき誓(ちかい)の観世音しょうとくやくねい救け給へや」というのです。観世音は福寿寺の御本尊さまです。
つづく
「チェルSeaみうら」徹底解剖6月21日 |
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