三浦の散歩道 〈第110回〉 みうら観光ボランティアガイド協会
以前に紹介しました、「猫石園」に出かけて行きました。初声市民センターの脇を流れている「一番川」を遡(さかのぼ)って行き、「風早(かざはや)」という小字(こあざ)の谷戸(やと)を右に見ながら進んで行きます。左手はキャベツや大根の畑ですが、かつては水田が広がっていたところです。やがて川は「遊水池」へ続いているように見えます。道も途切れて、左へ曲がります。右側は余り高くない崖になっています。
左手は一面畑が続いています。「水余(みよ)」という字名(あざめい)の田んぼであった処(ところ)です。以前、その田んぼの中に長さ約4m、高さ約2m、幅約2mほどの大きな石がありましたが、戦後、道路拡張で、現在の道路脇に移動したとのことです。狭い道の反対側に「猫石園」と刻字された石の標識があります。下方に文字が刻されていますが、旧字であるため、判読がむずかしいのです。ただ、中の一文に「清い水のふちには魚が躍り、澄んだ空には鳶(とび)が飛んでいる」というような箇所だけが理解できました。この標識は大正十一年(1922)に「初声村史蹟名勝保存会」が建てたものと言われています。
土地の言い伝えでは、昔、田んぼの稲がネズミに荒らされることがあったのですが、この「猫石」が出現してからは、被害がなくなったと言われています。
また、子どもが風邪で咳をしているとき、ざるを持って「猫石」に参り、願うと治るという。ある説では、石を欠(か)いてお守り袋に入れ、それを子どもに持たせると百日咳などが治ったり、病気にも罹らないとも言われています。
ところが、江戸時代の文化九年(1812)に書かれた『三浦古尋(こじん)碌(ろく)』の「一色村」(現葉山町)の項に「猫石」が書かれています。
「是八道ノ側ニアリ」とあります。葉山小学校の前から郵便局へ抜ける浦賀道の傍(かたわ)らに庚甲塔や馬頭観音等が祀られている所の、すぐ近くに長さ約1・5m、幅約1mの石があります。そばに「葉山町指定重要文化財・夜泣き石脇の庚甲塔」と墨書きされた木の塔があります。地元では、夜泣きをする子どもにお参りをさせると、不思議に夜泣きが治る。との言い伝えがあって、「寝子(ねこ)石」と表記され、それが「猫石」となったのでしょう。
古説に、「『ね』はネズミなり、『こ』はこのむなり。さらに、猫はよくねるものなり。ねるをこのむ意か。」とあります。
『倭(わ)訓(くん)栞(しおり)』という書物に「但馬養父郡(現兵庫県養父郡)のある村に猫を使いとする社(やしろ)があって、農家が蚕を養う節には必ずその使いを乞うてネズミを退治するとき、社の前の石を一握り持ち帰り、ことがなっての、お礼参りには、さらに倍の石を返礼するとのことで、ここにも「猫石」の威力が見られるところです。
(つづく)
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