地方によっては廃棄されたり、流通にのってもほとんど値のつかない「未利用魚」を取引することで知られる仲買人が逗子にいる。「お魚コンシェルジュ」で(株)さかな人代表の長谷川大樹(40)=小坪=は一般に食されていない魚にもスポットを当て、その旨さを世に伝える伝道師だ。
「高級」「未利用」貴賤なく
冬至の朝、まだ星が瞬く夜明け前に長谷川は三浦半島の対岸、富戸港にいた。「今の時期ならホシエイ。獲れるといいけど」。ホシエイも長谷川が価値を見出した未利用魚の一つ。数年前までは廃棄同然だったが、とりわけ肝が美味で今では市場で値がつくようになった。自身のもとにも卸し先の飲食店からひっきりなしに予約が入る。ごま油と塩で食すのが定番で、曰く、「全ての肝の中で一番」だという。
シビレエイにカゴカキダイ、シュモクザメ。気になる魚に出会ってはまずは自分の舌で試してみる。時には腹を壊したり、身体がしびれたりすることもあったが、これまで数えきれないほどの未利用魚を口にしてきた。
□ □ □
ただ、未利用魚という言葉は本人にとってあまり意味をなさない。「僕は魚に貴賤をつけてないですから」とさらりと言う。キンメダイもアカムツも、マグロの中トロですらかつては油が強く、腐りやすいとの理由から未利用魚だった。「高級か未利用かは全部人の価値観で決まることで時代とともに変わる。適切な処理をすればほとんどの魚は美味しく食べられる」と知っているからだ。
だから、長谷川は船に乗る。この日、付き合いのある漁師の船に乗り、漁を手伝う傍ら次々と水揚げされる魚の脊髄にワイヤーを通す「神経締め」にしていく。こうすることで劣化が速かったり、身が緩みやすい未利用魚でも鮮度を格段に保つことができ、味も全くの別物になるのだという。この日の漁で獲れたのはニザダイとツムブリ。「ツムブリは脂がのっていて、刺身にすると旨いんです」
□ □ □
幼少の頃から海や自然が好きだった。父に三浦半島に連れられ、海に潜ったりキャンプをしたり。好きが高じて、大学生のときには学校を1年休学して鹿児島の離島で漁師に弟子入りしたこともある。「どこまで本気で海が好きになれるか確認したくて」
大学卒業後は一度は会社勤めをしたが、魚への思いが断ちきれず、35歳の時に勤めていた広告代理店を退社。「海の近くで暮らしたい」と都内から逗子に移り住んだ。
□ □ □
未利用魚に限らず、長谷川の持つ魚の食性や産卵、調理方法に至るまでの膨大な知識量は同業者でも舌をまく。それは魚への飽くなき探求心による、数多の研究とフィールドワークの賜物だ。
子どもの頃から図鑑が好きで、大人になっても時間さえあれば魚の生態や特徴を調べた。会社員時代も休日には港に足を運び、珍しい魚を見つけては貪欲に食べた。味がいま一つでも様々な食べ方を試し、ぴたりとはまったときに自分の知識に加えていく。あるとき、サメの軟骨を梅肉で和える「梅水晶」を神経締めしたもので作ると驚くほど美味だった。知り合いの居酒屋に提案すると瞬く間に売れ、その店の看板メニューになった。
□ □ □
長谷川の主な取引先は飲食店で小売はほとんどしない。その理由は「”ストーリー”が伝わらないから」。魚には、店先では伝わらない漁師の苦労や思いがある。とびきりの上物であれば、それを自らがプロの料理人に伝え、皿にその熱量をのせてもらう。この日は6キロ超えのクエを仕入れ、ミシュラン三ツ星の店に届けた。客の口に入り、そこで感動が生まれる。さらにその感動を漁師に伝えて初めて自分の仕事が完結すると心得ている。「買う、売るだけじゃなくて水産に関わる全部を伝えたいんです」。そう語る横顔はどこか誇らしげだった。《敬称略》
逗子・葉山版のローカルニュース最新6件
|
アートで楽しむ「逗子かるた」12月27日 |
泉鏡花など逗子ゆかりの作品を市民が朗読12月27日 |
|
|
|