静寂に包まれた市民会館大ホール。誰もいない客席に向かって、ステージからのびやかなテノールの歌声が響き渡る。歌い上げた男性は両腕を大きく広げ、満足げな笑みを浮かべて天を仰いだ。「ホームグラウンドに帰ってきた。懐かしいな」。声の持ち主は平尾啓さん(58)=遠藤在住。会社勤めを続けながら50代後半でプロオペラ歌手になる夢を叶えた。
「やっぱり夢を追いかけたい」。約30年間勤めたキリンビールを退職したのは2018年春。高校時代はコーラス部に所属し、社会人になってからも「藤沢男声合唱団」などで歌い続けていたが、それだけでは満足できなかった。歌手活動に理解のある会社に転職し、イタリアへ短期留学。その後、20代の若者たちにまじり、新人育成機関「日本オペラ振興会オペラ歌手育成部」の門をたたいた。
地元でデビューへ
努力を続ける中、藤沢市民オペラ「ナブッコ」のソリストオーディションがあると聞き、老臣アブダッロ役に応募。「ぜひここで歌わせて下さい」と願いながら、合唱団で何度も上がってきた舞台へ。合格の知らせを聞き「奇跡だと思った」
日本を代表するオペラ歌手との共演はもとより、名前の付いた役を演じるのは初めてのことだったが、コロナ禍で公演が延期に。
それでも元々の開催予定日にプレ公演としてコンサートを開き、出演者それぞれが歌うことになった。「何年できるか分からないが、こんなチャレンジをしている人間がいるってことを見てもらいたい。聞き手にも夢や元気を与えたい」と力強く語った。
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