日本画家として鎌倉市観光協会の納涼うちわを描いた 川又 聡さん 二階堂在住 45歳
細かさに潜む大胆さ
○…梅雨のしっとりした空気の中に咲く大輪のアジサイ。そこへ1匹のミツバチが吸い寄せられる。夏へと向かう鎌倉の街を、鎌倉市観光協会が販売する「2024納涼うちわ」の絵柄に描き出した。5年ぶりに開催される7月の鎌倉花火大会も念頭に、「浴衣の人が、うちわを持って花火会場へと歩くシーンを想像して描いた」。得意とする動物は控えめに、浴衣に合うアジサイをうちわのメインに据えた。
○…埼玉育ち。幼少期から絵が好きだった。小学1年か2年の時、絵が趣味の祖父と川べりに座り、開花した桜を一緒に描いたことを記憶する。ガンダム、ドラゴンボールとアニメの登場人物も模写し、クラスメイトから人気を集めた。絵に関わる仕事を頭の片隅に、「中学、高校も時間があれば家で絵を描いてました」と懐古する。
○…しかし積み上げてきた自信は、大学受験に向け通い始めた美術専門予備校で崩れる。「上手なやつがいっぱい」。それでも東京藝術大学1本に絞って腕を磨き、高3の冬に受験。結果は不合格。浪人し、予備校で学び再挑戦するが繰り返し不合格。4年目の受験でも春は訪れず、予備校を辞めた。4度目の受験後はアルバイトをして過ごし、筆を握ることは一切なかった。そんな息子へ母が声をかける。「もう1度だけ受けてみたら」。試験会場で1年ぶりに絵を描き、その後に合格通知が届いた。「肩の力が抜けていたのがよかったのかな」
○…東京藝術大の大学院を経て、31歳で日本画家として独立。翌年から妻、さらに娘2人と鎌倉を拠点に活動する。「みかんの小さな繊維をすべて剥ぐのが好き」という性格の持ち主は、「今後は天井や襖に大きな絵を描いてみたい」と野望を口にする。
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