国道1号沿い。茅ヶ崎駅から平塚方面を利用する人なら、一度は目にしたことがあるだろう。十間坂にある看板の無い竹製品の店が3月31日、静かに店じまいした。店の名は「大野屋商店」。創業1870(明治3)年の荒物雑貨店だ。
91歳の女店主
昔ながらの木製の格子戸の向こう側に所狭しと並ぶ、竹細工のザルや籠たち―。ガラス越しに見ても、実用性と素材の美しさを兼ね備えている品だということが分かる。
店主はおおかた気難しい老輩の職人かと思いきや、出迎えてくれたのは可愛らしい笑顔が印象的なおばあちゃん店主だった。御年91歳になる岩澤ミヱさんは、夫・榮一さんを亡くした1995年から25年間、一人で店を切り盛りしてきた。十数年前に、もともとの荒物雑貨店から竹製品に特化した店へと転換。高齢ながら自ら問屋を開拓し、商品の仕入れから、価格交渉、陳列に至るまですべて手掛けてきた。
店内には、かつて榮一さんが奥多摩や山梨の腕の良い職人から買付けていた竹製品のほか、目利きのミヱさんが厳選した山葡萄のバッグなど、買い手の心を惹きつける品がずらり。「昔はこちらのオーダー通りのものを作ってくれる職人さんがたくさんいました。ここ数年は問屋に注文すると『もう作り手がいなくなってお宅へ送るのが最後です』と言われて残念でした」と目を細める。
暮らしの道具で下支え
まだ江戸時代の庶民の暮らしぶりが残る明治3年、岩澤豊二郎さんが創業。米や塩、日用雑貨を扱うよろず屋として住民の暮らしを支えてきた。その後、5人兄妹の末っ子のアイさんが2代目に。1923年の関東大震災によって2階建ての商店と家屋は倒壊。現在の建物は震災後に建築されたものだという。
機転が利き、商売上手だったアイさんの孫にあたる榮一さんのもとに、ミヱさん(旧姓・清水)が市内中島から嫁いだのは昭和26年のこと。同地区の川上書店の女主人から『大変な荒物屋の嫁が務まるのは利発なミヱさん』と声が掛かり、縁談が進んだ。「当時は家・夫・姑の『女の三大苦』の時代。アイさんはとても厳しい方で、泣いたり、口ごたえしようものなら大変です。今の人にはとても務まらないでしょうね」とにっこり。一方で「店を切り盛りするようになって初めて、アイさんと夫が世間の荒風の矢面に立ってくれていたと気づきました」。
最終日の31日。「いつもバスから見ていて気になっていた。閉店を知って慌てて来た」「最後の記念に来た」と駆け込む人の姿が。「さみしいという気持ちはとっくに過ぎました」とミヱさん。少女のように茶目っけいっぱいに笑った。
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