札場町にある須賀交番が2021年3月をもって廃止されることが決まった。ほかにも、須賀保育園が17年に港幼稚園(夕陽ケ丘)と統合し、港こども園にかわるなど「須賀」の名は徐々に地域から消えつつある。
江戸時代に水運の拠点としてにぎわった須賀村は、現在の札場町・千石河岸、幸町・高浜台の一部にわたって存在した。
市博物館によると、当時2千人が暮らしていたと記述する古文書もあり、平塚宿のほか、53村の中で最も人口が多かった村とされている。
この地域に暮らす人たちで組織されている「須賀史談会」(清田宰宏会長)は、昨今の風潮をさみしく感じている。
清田会長によると、現在の港小学校は1929年3月までは「須賀尋常高等小学校」、平塚幸町郵便局も68年4月までは「平塚須賀郵便局」だった。平塚漁港もかつては「須賀漁港」と呼ばれていたが「その名が残るのは神奈中のバス停『須賀港』だけ」とぽつり。
須賀の名が残る施設は、須賀公民館・須賀公園・平塚信用金庫須賀支店など数えるだけ。
史談会のメンバーは「今後建設される施設に須賀の名を冠してもらうことは難しいかもしれないので、現存する施設の名を残していってほしい」と口をそろえる。
小中学校への出前授業などを通じて須賀の歴史を後世に繋ぐ取り組みを進めている同会。清田会長は「歴史ある地名が忘れられないよう、後世へ地道に伝える」と今後の抱負を語った。
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