明治の教育者・新島襄の命日にあたる1月23日、大磯町の新島襄終焉之地碑庭園で碑前祭が行われた。学校法人同志社が主催した。
同志社大学の大谷實総長をはじめ卒業生と関係者、中崎久雄町長らが参列。碑前に黙とうや讃美歌、花を捧げ、新島の遺徳を偲んだ。
中崎町長は「新島先生の崇高な信念は大磯町民に大きな力を与え、進むべき方向を示してくれる。その教えを町の教育に生かしていきたい」とあいさつした。
町詩吟連盟の会員による詩吟と朗詠の披露もあり、ほころび始めた白梅の下で新島襄が詠んだ漢詩「寒梅詩」や和歌が流れた。
同志社大学設立へ向け奔走していた新島襄は旅先で病に倒れ、明治22年12月28日から大磯の百足屋(むかでや)旅館の別館愛松園で療養生活に入った。翌年1月20日、危篤に陥り、同月23日に46歳11カ月の生涯を閉じた。
新島の門下生らは昭和15年、旧百足屋敷地内に石碑を建立。碑文は愛弟子の徳富蘇峰がしたためた。
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