弊紙で2014年から17年まで連載していた「子育ての語らい」。その最終回(第50回)で紹介された秋澤瞳さん(二宮町一色)が10月に交通事故で亡くなった。21歳の大学生。聴覚に障害を抱えていた。二宮町で瞳さんの話を道徳教育などに生かそうという動きがある。
第50回連載では、瞳さんが2歳の頃に通ったリトミック教室の講師・一色由利子さんが、大学生になった瞳さんが親元を離れ一人暮らしをしていること、高齢者施設でアルバイトをして学費や生活費に充てていること、海外留学を目標に勉強していることなど、ハンディキャップに負けることなく前向きに努力する姿を伝えていた。今年10月上旬に瞳さんと再会した一色さんは来年の海外留学が決まったことを明かされ、我が事のように喜んだという。その6日後、瞳さんは横断歩道を渡る最中に信号無視の車にひかれ若い命を奪われた。
子どもたちへ
一色さんから話を聞いた二宮町の府川陽一教育長は感銘を受け、小中学校の校長が集まる校長会で教育委員会から資料を配布して説明。「命の教育」として朝会の話や道徳の授業などでこの話が子どもたちに届くよう呼びかけた。これを受けて山西小の松本雅志校長と一色小の古正栄司校長が中心となって瞳さんの話をまとめた教材用の資料の製作が進められている。
瞳さんの母・洋子さんは「瞳のためにたくさんの方が動いて下さり、ありがとうございます。子どもたちに命の大切さや幸せ、ハンデがあっても努力で克服できることを伝え、また一人でも交通事故に遭う人が減ってくれれば。志半ばで亡くなった瞳の生きた証になると思います」と語った。
子育ての語らい 特別編『生き続ける灯』
「普通の子と同じように育てたい」というお母さまのお考えで、今から19年前にリトミック教室に来てくれた耳の聞こえないひとみちゃん。彼女が大学に入学した頃、久しぶりに偶然、お母さまとお会いしました。
手話通訳をつけられる大学は限られるため、学校探しから苦労したこと、農業に従事するお父さまの影響で環境社会学部を選んだこと、千葉県の大学なので一人暮らしをしていることなどをお聞きしました。ひとみちゃんは、生活費や授業料などの負担を親御さんにかけまいと、自らアルバイトを探して週に3日、介護施設で洗濯や炊事場で黙々と仕事をしていたそうです。小さな頃からとても明るかったひとみちゃんは、職場の方や施設で暮らす方々からもとても可愛がられていたようで、お母さまもとても安心されていました。「耳が聞こえていなくても、人は同じ、努力をするかしないかは自分次第です」といつかお母さんがおっしゃっていたことを思い出します。
10月のはじめに、ひとみちゃんが来てくれて、留学を希望しているスウェーデンの大学を夏休みに見に行ったこと そして、来年留学するということを嬉しそうに話してくれました。私は とても嬉しくて 思わずひとみちゃんの手をとり、握手をしていました…。彼女が帰って行く後ろ姿は、本当にキラキラしていて、これからの人生はどんなふうに広がっていくのだろうと私も想像を膨らませていました。それから6日後、ひとみちゃんは亡くなりました…。青信号で横断歩道を渡る彼女に車が突っ込んできたのです。一緒に信号待ちをしていた方がいて、その人は勢いのある車の音に気づいて足を止めていたと聞いています。
努力を忘れず、希望を持ち、将来を見つめてきたひとみちゃん…。ハンディキャップがあることを困難とせずに、自分で道を切り開くことはどんな人も変わりません。
ひとみちゃんは、いつも、いつも、前を向いて歩いていました。五体満足に産まれた私たちが彼女から学ぶものはたくさんあるのではないでしょうか…。
どうか彼女の生き方がみなさんの胸の中で生き続け、より豊かな人生を歩んでいく手助けになりますように。
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