大磯海水浴場が7月9日、海開きを迎えた。当日は大磯に海水浴場を開いた松本順(1832年―1907年)の謝恩碑前での黙とうのほか、安全祈願の祭事が実施された。海水浴場は8月27日まで開設される。
松本順は長崎でオランダ医学を学び、江戸幕府や明治政府の軍医を務めた医者。1885年に陸軍軍医総監を退官後、国民の健康増進のための『海水浴概説』を出版し、伊豆や小田原、金沢八景などを訪れては適地を探していた。第一候補の小田原では地元の理解が得られず断念。弟子の鈴木柳斎が大磯で医院を開業していたことから、大磯に立ち寄った。
松本が訪れた照ヶ崎海岸は、北西に山があり寒風を防げることや、潮の干満が大きく身体に良い刺激を与えられること、砂浜が広く貝殻が少ないため素足で歩けることなど、海水浴場としての条件が揃っていた。当時の町長など町の有力者の協力もあり、1885年に海水浴場を開設した。
松本について話を聞いた大磯ガイド協会の金子正美さん(67)は江戸から明治へと変わり、宿場制度がなくなったために衰退傾向にあった大磯にとって「海水浴場開設はまちおこしのチャンスだったのでは」と推察する。
1887年には、松本が大磯駅開業を政財界に働きかけたほか、渋沢栄一ら政府要人のための会員制診療所兼旅館「禱龍館」を開設。1908年に日本新聞社が掲載した避暑地人気投票では、大磯が1位になるなど、リゾートとしてのブランドが確立した。
金子さんは「大磯を別荘地として魅力的なまちにしたのは松本順。その功績をたくさんの人に知ってもらい、光をあてたい」と話していた。
松本順と大磯とのゆかりを巡るNPO法人大磯ガイド協会のツアーは9月23日(土)に実施予定。
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