本多勝昭(ほんだまさあき)の その24 親(おや)と子(こ)の論語(ろんご)
朝(あした)(ある時(とき))、自分(じぶん)の進(すす)むべき方向(ほうこう)がしっかり見(み)つかれば、夕(ゆうべ)(いつでも)に死(し)んでも悔(く)いはない、と訳(やく)します。一生(いっしょう)の間(あいだ)に、自分(じぶん)のやるべきことや生(い)き方(かた)を追求(ついきゅう)・努力(どりょく)すれば、たとえ中途(ちゅうと)になっても満足(まんぞく)であるということです。スポーツ等(など)で活躍(かつやく)している人(ひと)が多(おお)くいます。あなたも探(さが)そう。
▽著者・本多勝昭/元中学校校長、鎌倉論語会館や広畑ふれあい塾などで論語講師を務める。鶴巻南在住。
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