横須賀・三浦版【11月1日(金)号】

三浦市県 ライドシェア規制緩和を 本格導入へ国に要望書

 一般ドライバーが有償で乗客を運ぶ「神奈川版ライドシェア(かなライド@みうら)」を巡り、三浦市と県は10月23日、タクシー事業者が実施主体となった場合の規制緩和を求める要望書を国に提出した。県などは年内にも本格導入への移行を目指しているが、実施主体が現在の市から民間に切り替わった際、採算性が見込めないとして業務委託での雇用形態を許可するよう求めている。

 実証実験は夜間のタクシー不足を解消するため、市を実施主体として4月17日に開始。午後7時から翌日午前1時まで、乗車地を市内に限って運行している。

 県によると10月28日までの利用回数は計709回で、1日平均は3・64回。単月最も多かった8月の1日平均は4・5回で当初想定の5回に近づいた。これまで事故やトラブルはないという。

 こうした経緯を踏まえ、9月19日の県議会本会議で黒岩祐治知事が本格導入に向けて言及。「タクシー不足に対して有効な手段」と評価した上で、「採算性など事業スキームの検討を深め、実験終了後、切れ目なく本格実施につなげていきたい」と述べていた。

 県と市は実証実験終了後、タクシー事業者に実施主体を移行した上で独立採算での本格実施を目指す。ただ、道路運送法で自家用車活用事業はドライバーとの雇用契約を前提としており、要望書では「都市部と比べて需要が少ない三浦市域で実施した場合、タクシー事業者の採算は成り立たない」と指摘。働き方の自由度が低い雇用契約ではドライバーの確保も難しいとし、業務委託契約を認めるよう国土交通省と内閣府に求めた。

会議後、記者会見する(左から)新原芳明呉市長、上地横須賀市長、鴨田秋津舞鶴市長、宮島大典佐世保市長

基地交付金 対象拡大を 旧軍港4市が国に要望

 旧海軍鎮守府が置かれた横須賀市と長崎県佐世保市、広島県呉市、京都府舞鶴市で構成する「旧軍港市振興協議会」の正副会長会議(上地克明会長)が10月28日、横須賀市本町のホテルで開かれ、今年度の国への要望事項をまとめた。基地交付金の対象資産の拡大や4市に所在する海上自衛隊の部隊機能維持など5項目を盛り込んだ。11月15日に総務、財務、防衛の各省に提出する。



 旧海軍工廠などの解体で立市基盤を失い、戦後の都市再生が急務だった4市が共通する課題を協議するため毎年持ち回りで会議を実施。同市での開催は6年ぶりとなる。

 旧軍用財産や米軍返還財産の処理についての要望では、「4市が戦後も国防の第一線を担い、隣国の脅威やテロへの対応、国際平和協力活動が求められるなか、防衛施設を抱える4市の役割はさらに重要になっている」と指摘。戦後、旧軍用財産などを活用し、都市再建に役立てるために施行された旧軍港市転換法にのっとった対応を求めた。

 また4市で自衛隊が使用する港湾施設はまちづくり計画に大きな影響を与えているにも関わらず固定資産税の対象になっていないと指摘。代替措置として基地交付金の対象に含むよう要望した。さらに補助事業の採択要件の緩和や、地元経済活性化に寄与する施策の推進なども盛り込んだ。

バランス重要

 会議後の記者会見で、上地横須賀市長は「港湾施設を基地交付金の対象に含めることは特に強く要望したい」と強調。旧軍用財産の移譲などを求める一方、部隊強化の維持も求めていることについては「バランスを取っていかなければならない」との認識を示した。

「護守印」巡りいかが

 同日、「旧軍港市日本遺産活用推進協議会」が開かれ、今年度の取り組みが発表された。11月23日(土)から寺社の御朱印をモチーフにした「護守印帳」=写真=を販売する。

 4市それぞれに設けられた5カ所の指定窓口を訪れると日本遺産の構成文化財をデザインした「護守印」を集めることができる。横須賀市内は猿島砲台跡、スチームハンマー、世界三大記念艦三笠など。護守印帳は横須賀中央駅観光案内所などで1冊2200円で販売する。

横須賀市内でピンクシャツデーの啓発活動に取り組む 青柳 裕一さん 横須賀市吉井在住 46歳

「無関心」を変えていく

 ○…ピンク色のアイテムを身につけることで「いじめ反対」の意思表示をする「ピンクシャツデー」。市内での取り組みをより活発にするため、10月30日の啓発ライブイベントを市と協働で企画した。今年4月から、運動に取り組む知人に感化され個人的な範囲で活動を開始。「当日に街中でピンクシャツを着ている人を見かけない」という課題意識から、「関心のない人にもっと知ってもらおう」と行政に協力を持ち掛けた。

 ○…いじめについての持論は「被害者だけでなく加害者も傷を負う」というもの。「あの時悪いことをしたな」と心に残ったしこりが後に自らを苦しめる。加害者・被害者両方の経験を踏まえた「いじめはダメ」という「当たり前のメッセージ」にはより一層の力を込める。経営する東逸見町の「金魚屋 喜一」ではピンクシャツやポスターを掲出するほか、7月には町内会館でイベントを主催。近隣店舗にも協力を求め輪を広げていく。

 ○…幼少期から自他ともに認める生き物好き。当時の吉井に広がっていた田んぼが主な遊び場で、自室の水槽では常にザリガニや淡水魚を飼育していた。現在商品として扱う鯉や金魚は「売って終わり」ではなく、その後の健康管理などのアフターフォローも徹底。「小さな命を大切に」という信条はピンクシャツの理念にもつながる。

 ○…能力の差異や障害を理由にした差別をなくすため、さまざまな属性の人たちの相互理解を促す「多様性フェス」を構想中。ステージ発表や模擬店のほか、車いすの試乗や視覚障害者の視界を体験できるブースの設置など、実現へ向け協力者を募る。当事者と話をすることで認識は変わる。ピンクシャツをきっかけに「無関心な人も動かしていく」。

横須賀市パートナー制度 転居時の手続き簡素化

 横須賀市は、LGBTQなど性的少数者カップルの関係を公的に証明する「パートナーシップ宣誓制度」の利用者が転居する際に手続きを簡略化できる「自治体間連携ネットワーク」に加入し、11月1日から運用を開始する。19府県150市町村の計169自治体に連携を拡大する。

 ネットワーク加入自治体への転居時に▽転出自治体への受領書(宣誓書)の返還手続き▽転入自治体で再度の宣誓▽転入自治体での独身証明書などの提出―が省略できるようになる。当事者の負担軽減を図り、制度の普及を後押しする。

 市は2019年に小田原市とともに同制度をスタート。市人権・ダイバーシティ推進課によると、10月29日現在、事実婚も含めて計62件の宣誓がある。市は今年1月にはパートナーの子や親なども「近親者等」として家族関係を市が証明する「ファミリーシップ制度」も開始した。

テレビ出演する小泉氏の発言を事務所で見守る支援者ら(=27日夜)

衆院選 6期目決めた小泉氏 安定の勝利も1.8万票減

 衆議院選挙が10月27日に投開票され、神奈川11区で自民党前職の小泉進次郎氏が6回目の当選を決めた。ともに新人で共産党の為壮(ためそう)稔氏と参政党の初鹿野(はじかの)裕樹氏を制した。

 小泉氏は党の選挙対策委員長として今回の選挙戦に挑んだ。「旧統一教会問題」「裏金事件」で深まった政治不信の払拭と全国で立候補する仲間の応援演説に駆け巡り、期間中の地元入りはわずか1日だけ。同党の県議・市議と後援会メンバーが、小泉氏の政策を街かどや集会で代弁するなどして12万9779票を獲得したが、3年前の選挙から約1万8千票を減らした。

 27日の夜、小泉氏は選対委員長として党本部に詰めていたため、事務所には顔を見せず集まった支援者に電話の声で感謝と新たな決意を伝えた。

 為壮氏は格差是正と大企業優遇政治の変革を、初鹿野氏は積極財政と減税による経済成長を訴えたが及ばなかった。

 11区の投票率は51・79%で前回を0・42ポイント下回った。

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教養講座 「北里柴三郎伝」

 横須賀文化協会では12月17日(火)、新千円札の肖像で「近代日本医学の父」と称される北里柴三郎を学ぶ教養講座を開く。講師は芳賀久雄同協会理事長。会場は横須賀市西逸見町のまなびかん大学習室。定員100人で参加費1千円。はがきに郵便番号・住所・氏名・電話番号(1枚に5人まで)を記して、〒238-8550 横須賀市役所文化振興課内 横須賀文化協会「教養講座」係。11月11日(月)締切り。

ホームゲレンデでライバル選手を迎え撃つ

津久井在住の武田選手 世界との距離を知る

 東京都大島町出身でウインドサーフィンに集中するために今から3年前、横須賀市津久井に移り住んだ武田岳志選手(26)も出場権を得て今大会に参戦する。

 神奈川大学出身の武田選手は学生時代に熱中したコースレースを得意とし、現在は2028年の「ロス五輪」出場に照準を合わせて活動中だ。

 全員が同じ道具で競う「ワンデザイン」の五輪種目に対して、W杯の「スラローム」は風速に合わせて道具をシビアに選択していくなど、勝手の違いはあるが「世界基準のスピードを体感できる絶好の機会」と胸を踊らせる。自分の現在地を確認する場であり、ウインドの総合力とレースの経験値を積むことが目下の課題だとしている。

 地元である大島町の応援も背に受ける。大会会場では、同町の職員らが地場産品(焼きくさや・さつま揚げ)を販売しながら声援を送る。それに応えるため、「世界に一泡吹かせる走りを見せる」。

阿弥陀三尊像などを紹介する浄楽寺の土川副住職(=25日、横須賀美術館)

国重文5体など公開 運慶仏の迫力間近 横須賀美術館で企画展

 鎌倉時代の仏師・運慶が制作した国指定重要文化財5体を中心に紹介する企画展「運慶展 運慶と三浦一族の信仰」が10月26日、横須賀市鴨居の横須賀美術館で始まった。三浦半島などを支配した武家の信仰を示す貴重な仏像計9体を展示している。

 快慶とともに東大寺金剛力士像(国宝)を手掛けるなど、時代を代表する仏師として数多くの作品を手掛けた運慶。真作として確実視されているのは約30体とされており、そのうち5体が同市芦名の浄楽寺に安置されている。

 今回の企画展は同寺の収蔵庫改修に合わせたもので、三浦一族の一人、和田義盛が依頼したとされる「阿弥陀三尊像」「不動明王像」「毘沙門天像」を展示。25日には報道陣向けに内覧会が行われ、同寺の土川憲弥(けんみ)副住職は「仏像には土地で作り上げられてきた信仰の形が現れている。多くの人に見てもらいたい」と来場を呼び掛けた。

 同館での運慶展は2022年7月に続いて2度目。前回は約2カ月間で5万人が来場し、注目を集めた。

 12月22日(日)まで。開館は午前10時から午後6時。観覧料一般千円。問い合わせは【電話】046・822・4000。

唯一無二のボードアート

 捨てるしかなくなったウインドサーフィンボードをアートの力で蘇らせる──。

 今回のW杯では、実験的な試みとして才気あふれるアーティストが手掛けたボードペイント作品=写真=を会場に飾る。

 展示は11月9日(土)・10日(日)の2日間。自由に描くことができる落書きボードも設置される。

お菓子をもらい笑みを浮かべる子ども

仮装の子ども 「お菓子ください」 上宮田を練り歩き

 三浦市上宮田のねもと長嶋米酒店が手掛ける青空市「ねもとうきうきマーケット」が10月27日、同店で開かれ、多くの住民らでにぎわった。

 同日、同店と英会話教室のPeek-a-Zoo(同市上宮田)がコラボしたハロウィーンパレードも三浦海岸駅周辺の店舗で行われ、仮装した約180人の子どもらが「トリックオアトリート」を掛け声にお菓子を求めて練り歩いた。

 新型コロナウイルスで人とのふれあいが減少した子どもらを見かねて2021年より実施。Peek-a-Zooの辻克仁さんは、「協力店舗も増え、年々一大イベントになっている。今後も継続的に開催していきたい」と話している。

30カ国100人の選手

 世界最速を掛けてトップライダー100人が競う「ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀・三浦大会」が11月8日(金)から12日(火)の5日間、津久井浜海岸を舞台にして開かれる。今回で6回目。主催する同実行委員会では来場者4万人、オンライン視聴者10万人の合計14万人を目標に掲げている。

 同大会は約10カ国を転戦するワールドツアーの最終戦に位置けられており、熾烈なレースバトルが繰り広げられる。

 競技種目の「スラローム」は洋上のF1と称され、水中翼の付いたウインドフォイルで海面を切り裂くように走行し、トップスピードは時速約65Kmに達する。選手の体感スピードは実際の速度の2倍とも3倍ともいわれており、コース内に設置されているブイを回航する際のマーキングバトルが最大の見どころだ。会場には大型ビジョンが設置されており、肉眼では判別が難しい沖内のレース展開もリアルタイムで状況を把握できる。海上観覧船からの眺めも迫力満点。フォイルの滑空音を耳にする位置まで接近、レースの臨場感を味わえる。

 多彩なビーチイベントも用意されている。

 日本各地の美味を集めたグルメブース「極旨ジャパン」(9日(土)・10日(日))や世界中のグルメが勢ぞろいする「ワールドキッチンフェスタ」(8日から12日)が開かれる。

 セーリング大国のフランスの美食や雑貨を集めたマルシェ(9日・10日)も一見の価値あり。ステージでは、ビーチで初の公演となる三浦半島のご当地ヒーロー「コントラバスヒーロー」ショー(10日午前11時)などが行われる。

 関連企画として、みかん狩りを楽しみながら北下浦地区をめぐる「北下浦オレンジウォーク」(9日午前9時30分〜/野比海岸スタート)もある。詳細情報は【URL】https://windsurfing-wc.jp/

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W杯限定コラボスイーツ

 大会期間中に販売されるコラボスイーツも注目だ。昨年、ANAのご当地食材の紹介ブースで大人気となった北海道中標津町の乳製品を使って、横須賀の老舗和菓子店「さかくら総本家」がメニュー開発。和菓子の定番素材であるくずと牛乳を固めた2層の和スイーツを完成させた=写真。とろりとなめらかな食感で味はプレーンとマンゴーの2種類。常温でも冷凍してシャーベット感覚でも美味しく食べられる。1個450円。ANAブースで提供。

 11月1日(金)から横須賀中央店と北久里浜店で先行販売する。

ラッピングを紹介する衣笠商店街の(左から)中西真理さん、堀川さん、佐々木康晴さん

「衣笠の街へようこそ」 「サブカル娘」ビル壁面でPR

 「横須賀サブカル娘プロジェクト」と商店街がコラボレーション――。

 衣笠仲通り商店街一角にある商業ビル「シルパティオ」の壁面にこのほど、サブカル娘の巨大なイラスト画がお目見えした。商店街のみならず街の魅力を広く発信したい考えで、関係者らは「衣笠が賑わうきっかけの一つに」と期待を寄せる。

 壁画は縦約3m×横2m。プロジェクトキャラクターの海崎ランと秋庭クミ、猫のクロが「衣笠の街へようこそ!」のキャッチフレーズとともに街をPRしている。

 同プロジェクトは2023年2月、横須賀市観光協会と市内の事業者などで作る「サブカル活用推進委員会」が地域活性化を目的に始めた。キャラクターデザインは横須賀が舞台の漫画「はいふり」の作者・阿部かなりさんが手掛けている。

 ラッピングはビルの大規模修繕に合わせ、経営する第一ビルが「街の活性化に役立てたい」と実施。屋内には入居するドラッグストアと協働で新キャラクターのアンナ・C・カイバーンを含む等身大の3キャラクターも描いた。同社の掘川将史社長は「サブカル娘が商店街を行き交う高齢者と学生をつなぐ存在になってくれたら」と目を細める。同商店街では現在、サブカル娘オリジナルのクリアファイルやポストカードを進呈するキャンペーンを実施中。問い合わせは同商店街【電話】046・851・2310。

文化会館の「あの頃」募集

 タウンニュース横須賀・三浦版では、来年開館60周年を迎える横須賀市文化会館にまつわる思い出のエピソードを募集します。

 「有名アーティストの公演に行った」「夫婦の結婚式を挙げた」「開館当初の様子」など、皆さんの心の中にあるエピソードをお寄せください。古い時代の写真やポスターなどもあればぜひ提供をお願いします。

 応募はハガキまたはeメールに【1】エピソード【2】住所【3】氏名【4】年齢【5】電話番号を明記し、〒238-0032 横須賀市平作1の12の8 タウンニュース社横須賀・三浦編集室「文化会館思い出エピソード」係【メール】yokosuka@townnews.co.jp 12月8日(日)締切。

 応募内容に関して、当社から確認(取材)の連絡をさせていただくことがあります。

赤い衣装で傘を回す手踊り「子ども子守」

愛らしい演技に喝采 「菊名の飴屋踊り」9演目

 県指定無形民俗文化財に指定される三浦市の伝統芸能「菊名の飴屋踊り」が10月23日、菊名区民会館前の特設舞台で上演された。保存会のメンバーや小中学生ら25人が練習の成果を披露し、会場に集まった約300人の観客を沸かせた。

 飴屋踊りは、江戸時代に飴屋が人寄せのために演じたことが起源とされる。古くから白山神社の例祭で奉納される伝統芸能として地域住民らに親しまれてきた。

 披露されたのは録音の唄や音楽に合わせて踊る「子守」「かきがら」など手踊りと、物語を演じる「笠松峠」など段物の計9演目。小中学生の出演は18人で6月から稽古を重ねてきた。この日は途中で雨に見舞われたものの、観客からは次々とおひねりが投げ入れられ、喝采が送られた。

 初めて出演した南下浦小学校6年の佐藤禅希(ゆずき)さんと吉田翔(とあ)さんは「地元の文化財を受け継ぎたくて参加した。来年も出たい」と声を揃えた。

OGURIをあるく 〜小栗上野介をめぐる旅〜第22回 アメリカ編【6】文・写真 藤野浩章

 造船所の見学で、小栗の胸は高鳴ったに違いない。幕臣としては、近代化により人々の暮らしを豊かに便利にしたい。そして軍政家から見れば、島国の日本はまず海軍をしっかりつくらないといけない。しかし同時に、財政家としては、いったいこれはいくらかかるのか?という超難問が待ち受けているのだ。

 一行は別の造船所の見学も申し込むなど熱心に視察をするが、一方で政府造幣(ぞうへい)局を訪ねて日米の金貨の詳細な分析調査を行い、日米の通貨交換レートが不当であることを認めさせる。もちろんこれは小栗の"ノーと言える"粘り強い交渉によるもので、渡米前に大老・井伊直弼(いい なおすけ)と詳細に打ち合わせをした裏ミッションだった。

 羽織袴(はおりはかま)に草履(ぞうり)の武士が、礼儀正しく各地を視察する様子は現地で大きく報道され、一行は各地で熱烈な歓迎を受ける。特に通訳として視察団のスポークスマン的な役割を担った立石斧次郎(たていし おのじろう)は米軍将校から「トミー」と呼ばれ、気がつけば若い女性から爆発的な人気を集めることになった。その名は船内のあちこちを覗(のぞ)き見する俗語"ピーピングトム=覗き屋"から転じたという説も。16歳の若さで好奇心旺盛。航海中に英語力が劇的に増した彼は「トミーのポルカ」という流行歌の主人公になったほど、アイドル的な人気を呼んだ。とかく"不思議な身なりの東洋人"と差別的な目で見られることが多かったであろうが、視察団はそのイメージを少しは払拭したかもしれない。

 さて「紙と木の国」から「鉄の国」にするにはどうすればいいか。小栗は難解な方程式に挑むように、帰国後、孤独な闘いを繰り広げていく。