OGURIをあるく 〜小栗上野介をめぐる旅〜第29回 京都編【2】文・写真 藤野浩章
「内弁慶の後見職(こうけんしょく)、八方美人の総裁。そのようなお方にはついてゆけませぬ」(第三章)
◇
歩兵大砲騎兵合わせて二千名を率いて京へ上ることで攘夷(じょうい)派に圧力をかけて条約勅許(ちょっきょ)を求めると同時に、家茂(いえもち)を連れ帰る--。実(じつ)を取れ、幕府の権威も示せる画期的なプラン。歩兵と勘定の両奉行を兼ねる小栗だからこそできる奇策だった。
京都・二条城でこの案を受け取った一橋慶喜(よしのぶ)らは「喉から手が出るくらい時宜(じぎ)を得た企て」と喜ぶが、問題はあった。
一つは、兵を運ぶのに英仏軍艦の提供を受けることだった。両国は将軍の危機に手を差し伸べたのだが、それが攘夷派を勢いづける可能性があった。加えて、そもそも公武合体を進める手前、帝(みかど)に手荒なことはできないという「大人の事情」も葛藤に拍車をかける。小栗も説得材料を用意するが結局、起死回生の策は却下されてしまう。
冒頭のセリフはそれを聞いた小栗のものだ。渾身(こんしん)の策が"事なかれ"の考えに押し潰されていく現実。しかし国家的な危機にあっては、とても我慢できることではなかったのだろう。彼は歩兵奉行を罷免、勘定奉行は自ら辞職して幕閣を退いてしまう。
ちなみにこの案は後に実行されることになり、小栗が密かに知恵を授ける場面がある。彼の計画通り攘夷派に衝撃を与えるのだが、今度は慶喜の変心で肝心なところで頓挫(とんざ)してしまう。幕府の崩壊がいよいよ現実味を帯びる重大局面だ。
しかし、小栗は諦めていなかった。この後、いよいよ彼が夢見る国家的プロジェクトが産声を上げる。その舞台はもちろん、横須賀だ。
|
<PR>
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
法政大学校友会 横須賀法友会横須賀法友会は、市内在住・在勤の法政大学OBの入会を募集しています |
|
|
|
|
|
若松商店街振興組合飲食店、物販店など多彩な商店が揃う老舗商店街 https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/4402/shoukou/cyusyo/data/4004.html |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
三浦市内で活動する同業者組合皆さまの身近にかつ、頼りにして頂ける存在となるように活動しています |
|
よこすか・やすらぎの会がんケアと在宅看取りに取り組む横須賀市唯一の団体です。 https://www.facebook.com/yokosukayasuraginokai/?locale=ja_JP |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
<PR>